有機元素分析
1.はじめに
有機物質の構造を知るためには、まず、有機物質に含まれる元素の組成式を決定し、さらにNMRやMSなどさまざまな機器分析を行い、構造を決定します。組成式を決定するために行う重要な分析手法の一つに有機元素分析があります。
有機元素分析とは、有機物質を燃焼等により完全に分解し、そこに含まれる炭素(C)、水素(H)、窒素(N)、酸素(O)、硫黄(S)、ハロゲン(フッ素(F)、塩素(Cl)、臭素(Br)、ヨウ素(I)など、総称X)、リン(P)及び金属などの元素を何らかの方法で定量し、組成式を決定する方法です。近年は品質試験、不純物分析や環境分析などにも応用されています。
2.有機元素分析で何が分かるの?
元素の組成比
有機元素分析で得られた試料中の各元素の含有率(重量%)と原子量から、各元素の成分比(重量%/原子量)を求め、この比を最も簡単な整数比に換算すると組成式を求めることができます。
純度の確認
試料の組成が既知の場合、そこから計算して得られる各元素の含有率の理論値と有機元素分析で得られた分析値を比較することで、試料の純度が確認できます。さらに異なる製造ロットの試料の分析値を比較することで、製造方法の検討や製品の品質管理ができます。
元素の存在確認
試料中に含まれる元素の存在を確認することができます。
3.有機元素分析の原理
3.1. 基本的な原理
C、H、N、O、S、X、P及び金属などの元素を含む有機物質を燃焼などで完全に分解し、それぞれ二酸化炭素(CO2)、水(H2O)、窒素ガス(N2)、ハロゲンガス(X2)、硫酸(SO4)または二酸化硫黄(SO2)、リン酸(PO4)、金属酸化物などに変換した上でそれらを定量することで、物質中の各元素の含有率を求めます。
以前は、CとHの分析はプレーグルが確立した重量法が主流で、また、Nの分析はデュマ法やケルダール法が主流でした。しかし、近年は、分析装置の開発が進み、CHN同時分析、CHNS同時分析、S・X同時分析などが可能な装置が数多く販売されています。
プレーグルが完成させた重量法による炭水素分析は、高校の教科書にも掲載されていますが、精密に量った有機物質を完全に燃焼させ、燃焼生成ガスであるCO2は水酸化ナトリウムに、H2Oは塩化カルシウムに吸着させ、水酸化ナトリウムや塩化カルシウムの増加した重さを精密に量り、物質中のC、Hの含有率を求める方法です。
3.2. 炭水窒素(CHN)同時分析の原理
CHN同時分析において、試料量は装置によって異なりますが、1~数mgの範囲で分析する場合が多いです。装置は大きく分けて、完全燃焼を行う燃焼管が横型か縦型かの2種類があります。なおこれらの装置では多くの場合、燃焼管や還元管の充填剤を変えることで、SやOの分析も行うことが可能です。
(1)燃焼管が横型の装置
この装置では、キャリアガスにヘリウムガスを用い、完全に燃焼するように助燃剤として酸素ガスを用います。燃焼管内には、酸化を促進し硫黄やハロゲンを除去するための酸化銅や酸化コバルトと銀の混合物などを充填します。試料は白金製ボートや磁性ボート、あるいはスズ製カプセルなどの容器に約2 mgを精密に量り、手動またはオートサンプラーによって横型に配置された燃焼管に挿入されます。900 ℃以上に加熱した燃焼管内で完全に燃焼分解すると、CはCO2、HはH2O、Nは窒素酸化物(NOx)のガスとなります。続いて生成したガスを還元銅が充填された還元管に通すことで、窒素酸化物は窒素ガス(N2)に変換され、余分な酸素ガスも除去され、CO2、H2O、N2、ヘリウムの4成分のガスとなります。
ガスは定量ポンプによって一定量が検出部に送られます。検出部では、3対の熱伝導度検出器(TCD)が直列につながっており、さらに第1対目の検出器の間に水吸収管として過塩素酸マグネシウムを充填し、第2対目の検出器の間に二酸化炭素吸収管としてソーダタルク(水酸化ナトリウムとケイ酸マグネシウムの混合物)を充填します。はじめに4成分のガスが第1対目の水吸収管を通過すると、通過前後の吸収された水に相当する熱伝導度の差が検出されます。次に第2対目の二酸化炭素吸収管を通過すると、通過前後の吸収された二酸化炭素に相当する熱伝導度の差が検出されます。最後に第3対目の検出器では1つ目の検出器に残った窒素とヘリウムガスを通過させ、もう一つの検出器にヘリウムガスのみを流しておき、その熱伝導度の差を検出します。検出された熱伝導度の差は、それぞれH、C、Nの含有量に対応しているので、あらかじめ標準試料によって求められた検出感度を用いて、試料中のC、H、Nの含有率を求めます。
横型装置の利点は、個々の試料の燃焼状態を確認することができ、必要に応じてアッシュ(灰分:燃焼後の燃えがら)を取り出して分析ができることです。
(2)燃焼管が縦型の装置
横型と同じようにこの装置でも、キャリアガスにヘリウムガスを用い、助燃剤として酸素ガスを用います。燃焼管内には、酸化を促進するための三酸化タングステン、NOxの還元と余分な酸素を除去する還元銅などを充填します。試料はスズ製の容器に約2 mgを精密に量り、オートサンプラーによって縦型に配置された燃焼管内に上方から落下させます。900 ℃以上に加熱した燃焼管内では、スズの燃焼発熱反応(閃光燃焼)によって試料は瞬間的に1800 ℃以上に加熱され、落下中に完全に燃焼分解し、充填剤を通ることでCO2、H2O、N2、およびSO2のガスが生成されます。
縦型の装置は多くの場合、カラムクロマトグラフによるガス分離と熱伝導度法による検出を行います。ヘリウムガスを含む5成分のガスは分離カラムを通過すると、N2、CO2、H2O、SO2の順番に完全に分離され、検出器に運ばれ、ヘリウムガスを対照にして熱伝導度が検出されます。検出された熱伝導度から、あらかじめ標準試料によって求められた検量線を用いて、試料中のC、H、N、Sの含有率を求めます。
縦型装置の利点は、省スペースであり、オートサンプラー による自動測定が容易であることです。
3.3.硫黄・ハロゲン同時分析の原理
硫黄、ハロゲン(フッ素,塩素,臭素,ヨウ素)の同時分析方法には、有機物質を燃焼分解したのち、生成した気体を酸化剤などが添加された水溶液に溶解し、その水溶液を分析する方法などがあります。
この装置では、キャリアガスにアルゴンガスを用い、完全に燃焼するように助燃剤として酸素ガスを用います。硫黄やハロゲンを含む試料は白金製ボートや磁性ボートなどの試料容器に2~3 mgを精密に量り、1000 ℃以上に加熱した中空の燃焼管内で完全に燃焼すると、炭素酸化物(COx)、H2O、NOx、硫黄酸化物(SOx)、ハロゲン化水素(XH)、ハロゲンガス、ハロゲンの酸化物などが生成されます。生成したガスを過酸化水素やヒドラジン水和物などの酸化剤や還元剤を添加した水溶液に吸収させると、水溶液中の硫黄酸化物は硫酸イオンに,ハロゲンガスやハロゲンの酸化物はハロゲン化物イオンになりますので、これらをイオンクロマトグラフ法により分離し、各成分の電気伝導度を検出します。検出された電気伝導度より、あらかじめ標準試料によって求められた検量線を用いて、試料中の硫黄、ハロゲンの含有率を求めます。
4.分析上の注意点
(1)試料の組成式を決定したい場合
試料の組成式を決定したい場合は、カラムクロマトグラフィー、蒸留、再結晶などを行い、単離、精製、乾燥し純度の高い試料にします。得られた試料は、事前に液体クロマトグラフィー、あるいはガスクロマトグラフィーなどを用いて純度を確認するとよいでしょう。純度が低い場合、再結晶などを繰り返し、また、溶媒の残留がないように除去し、純度の高い試料にすることが重要です。
(2)分析を依頼する場合
有機元素分析を実施している企業や研究機関では、多くの場合、装置管理者に分析を依頼する形態をとっています。分析を依頼する場合は、依頼する目的、使用した溶媒、試料の特性など可能な限り詳しく分析者に伝えます。また、依頼書、試料量、試料容器など、分析者に相談したうえで依頼します。特に、不安定な試料や含まれている元素については、詳しく説明することにより、保管方法がわかり、分析者が試料の特性や妨害する元素に合わせて分析条件を設定し、分析することが出来ます。
(3)はかり取りの注意点
有機元素分析は、微量の試料を正確にはかり取る必要があるために、ミクロ電子天びんやウルトラミクロ電子天びんを使用します。最近の電子天びんは簡単に操作できますが、正しい操作をしないと取り扱う人によって値のばらつきが大きくなりますので、取り扱うための訓練が必要です。
詳しくは、ミクロ電子天びんの解説をご覧ください。
(4)装置のメンテナンス
有機元素分析の装置は、試料を燃焼管内で燃焼させるため、燃焼管、還元管、生成ガスが通過するチューブ、接続ジョイントなどが汚れやすく、定期的な洗浄や取り換えが必要です。特に、燃焼管や還元管は、充填剤などの交換が必要で、使用頻度が多くなると、燃焼管自体の汚れがひどくなりますので交換が必要です。装置の使用履歴などを記録しておくと、充填剤の使用回数、取り替えた部品、標準試料の購入や開封時期などが分かり、装置が管理しやすくなります。
5.おわりに
有機元素分析について、簡単ですが、炭水窒素元素分析装置、炭水窒素硫黄元素分析装置、硫黄・ハロゲン同時分析装置についてご紹介いたしました。詳細につきましては、多くの専門書がありますので、それらをご覧いただければ幸いです。
有機元素分析は、以前からの合成化学、天然物化学の研究はもとより、環境化学、食品化学等に応用が広がっており、構造解析のみならず、純度測定、不純物測定にも用いられています。 一方、プレーグルが完成させた有機元素分析は、装置の開発が進み、操作方法が簡単になりましたが、試料のはかり取り操作は人の手で行い、また、試料の特性に応じて分析条件を決めて分析するのも、装置のメンテナスも人が行います。この技術を理解し、さらに、装置や前処理などの最適化や工夫が継承され、発展していくことを願っております。
(参考文献)
- 役に立つ有機微量元素分析,(社)日本分析化学会有機微量分析研究懇談会,内山一美,前橋良夫[監修],みみずく舎,2008
- 機器分析ハンドブック 高分子・分離分析編,床波志保,前田耕治,安川智之,化学同人,2020
- 株式会社ジェイサイエンス・ラボHP,「CHNフォーラム」CHNフォーラム|JP-SCIENCE LAB Co.,Ltd. (j-sl.com)
- 板東敬子,有機微量分析研究懇談会会報第19号,2018,23-44
※この文章は、有機微量分析研究懇談会会報第19号,2018,23-44に掲載された板東敬子氏の文章を基に再構成したものです。