定温熱分解

前処理一導入技術の進歩・熱分解 (日本分析工栄).大栗直毅

1.緒言
1952年にMartinとJamesによるGCに関する研究発表から2年後,Davisonらは,高分子の熱分解生成物をいったん冷却トラップ捕集したものをGCに導入して,得られたクロマトグラムからもとの高分子を同定する方法について報告している.
この報告を契機に熱分解生成物を捕集した後,GCにそれを導入する方法(オンライン導入法)による報告がなされるようになり,その後に熱分解生成物を直接GCに遵入する方法(オンライン導入法)へと進展し,熱分解ガスクロマトグラフィー(Py-GC)が現在多方面で活用されるようになった.
本懇談会200回を記念して,本邦を中心にPy-GCあたあの試料導入法の進歩について述べる.

2.オフライン導入法
Davisonらの報告から8年後,工業技術院電気試験所の金指らによるオフライン導入法によるPy-GCに関する報告がなされている.演者の調査ではこの報告が本邦における高分子分析での第一報であると確信している.その第一報に敬意を表し以下全文を転記した.

ー4月6日午後一
(ゴム・ゴム薬品)
6R68
合成ゴムのガスクロマトグラフによる識別法の研究(その1)天然ゴムーSBRブレンドの分析
(電試)○金指元憲・山田昌男・栗原 力

1.ブレンドしたゴムの識別については,熱分解生成物の赤外分析が有力な手段とされているが,赤外分析より容易にできるガスクロマトグラフによる分析の一つとして天然ゴムとSBRのブレンド比率の定量分析の可能性について検討した。

2.炭カル,クレー,徴粉ケイ酸,カーボン等通常の配合剤を添加し,チウラムおよびイオウ加硫を行なった厚さ1〜2mmの試作ゴムシートから約1gを取り,1〜2mmHgの減圧下で400〜500℃で熱分解させ,ドライアイスまたは液体窒素トラップに凝縮した液体から約O.01〜0.02ccを取り,島津製High Vacuum Oi1 2mlのカラムで202〜3℃でガスクロマト分析を行なった。

3.このガスクロマトのカーブからジペンテンとスチレソのピークの高さ(.Aノ,B')を取り,A'/A'+B'を試料ゴム中の天然ゴム含量に対してプロットし滑らかた曲線を得た。これを検量線として土2〜3%の精度で分析が可能である。またA'/B'を天然ゴム/SBRの比に対してプロットすると大体直線に乗り,それぞれが別に分解してブレンドまたは加硫の影響はほとんど受けていないことがわかり,この分析法の正当性が立証される。赤外と比較して一成分に一つのピークしか存在しない点で解析が容易であり,さらにSBRゴムのスチレン含量,加硫剤の種類等についても知見が得られると期待される。
日本化学会年会講演要旨集Vol.13,(1960)
そのほか,垂直にしたガラス管に試料を入れ,ガラス管下部から試料を加熱して上部よりでてくる低分子化合物を冷却した受器で捕集した後それをGCに注入するなどの方法が報告1-3)されている.これらの方法は,いずれも操作が煩雑でしかも熱分解から注入までの問に熱分解生成物の二次反応が起きるなどの問題点があり,自然とオンライン熱分解へと分析手法が変わっていった.

3.自作熱分解装置によるオンライン導入法

3.1フィラメント型熱分解装置
フィラメント型熱分解装置は,1960年にBarlowによって初めて開発された.また本邦では武内らも1964年に開発しており,それらを図1に示す.


図1フィラメント型熱分解装置


これらの熱分解装置における高分子試料は,適当な溶媒に溶かしフィラメント上に塗布して溶媒を揮発させた後,フィラメントに通電して高分子試料を熱分解する方法である.ところが,この当時のフィラメント型熱分解装置では大電流を流す方法ではなかったため,フィラメント温度が設定温度に到達するまでめ時間(TRT)が数十秒と長く満足なものではなかった.

3.2キューリーポイント型熱分解装置
つぎに,現在,日本,韓国および台湾などで現在約80%のセーケットシェヤーを占めているキューリーポイント型熱分解装置の原型であるShimonの熱分解装置6)の概略図を図2にを示す.

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図2 Shimonのキューリーポイント型熱分解装置

この熱分解装置では,フィラメント型と同様に試料を強磁性体線の表面に塗布して溶媒を揮発させた後,キューリーポイント加熱によって高分子試料を熱分解する方法であることから,溶媒に不溶な試料に対しては,分析困難であるなどの問題点が残されていた.

3.3加熱炉型熱分解装置
柴崎らは,1962年ごろから加熱炉型熱分解装置の開発6-8)を行い,共重合体(アクリロニトリルースチレン)の連鎖分布に関する研究を行っている.共重合体の熱分解に際して高分子ラジカルの末端からモノマーが脱離する確率は,ラジカル末端のもう一つ前のモノマー単位の種類によって変化するものと考える境界効果に関する理論を発表7)している.図3は,1967年に柴崎らが報告した加熱炉型熱分解装置の概略図である.


図3柴崎の加熱炉型熱分解装置


この装置では,試料を設定してからGCコンディションが安定化するまでの間,試料が熱劣化することを防止するために熱分解炉からの熱輻射をある程度遮断し,また試料を落下させることができるようスリ合わせガラスによる回転可能な試料ホルダーが取付けられているなど,熱分解装置の製造販売を行っている演者にとっては深く敬服する機能が備わっている.世界的にはその後加熱炉型熱分解装置が衰退していくなかで,柘植らは市販の加熱炉型熱分解装置の欠点を逐次解消して,最も信頼されている加熱炉型熱分解装置を自作し,そのモデルが国内三社より販売されるに至ったことは衆知の事実である.その市販の熱分解装置については次章で述べるとして,本章では柘植らの熱分解装置の開発研究の途中でのモデルを紹介する.
図3は,その改良研究の内容を示す図である.


図3柘植らの加熱炉型熱分解装置(1968)


改造前の試料ホルダーは,ステンレス製のもので重量1.4gと熱容量が大きく,試料ホルダー(金属製)への熱伝動が無視できないことから,試料ホルダーをガラス製に,さらに先端部の熱容量を低下させるために薄いフィルムにできる高分子試料では(a)の木綿針を,その他の粉末または固体試料では(b)の木綿針の先に小さな白金皿をろう付けした試料ホルダーに改造したと述べている.この改造によって画期的に再現性が向上したことから,柘植らはこの装置を使って塩化ビニリデンー塩化ビニル共重合体の連鎖分布に関する報告9)を行っている.この当時のPy-GC分析は,高分子の組成分析がかろうじて行えるという段階であったが,この報告を契機に世界の高分子分析研究者がこの研究に着目し,Py-GC法による高分子のキャラクタリゼーション研究が行われるようになった.

3.4低分子化合物の熱分解
Py-GC分析法は,最近ではもっぱら高分子化合物の分析に適用されている感があるが,.初期のごろには低分子化合物の組成分析に適用されており,この手法は現在でも有効なものであるので,以下2例を年代順に紹介する.1966年に宇野・中川らは,4級アミンであるベンザルコニウム塩をGC注入口で熱分解して3級アミンなどを生成させベンザルコニウム塩の親油基分析10)を行っている.その後中川らはこの手法を更に発展させ,アルカリ溶融,五酸化リン分解法などを取り入れGCでもって各種界面活性剤の分析法について報告11-12)している.一方,荒木らは,加熱炉型熱分解装置アルミナなどを介在させ,アルキルベンゼン,脂肪族低級アルコールを熱分解してアルキルベンゼン側鎖の炭素一炭素結合の解離エネルギーの大小がパイログラムに反映されているなどの報告13-14)をしている.

4.市販の熱分解装置
現在市販されている熱分解装置は,加熱炉型,フィラメント型およびキューリーポイント型があり,詳しくは拙書15)を参照いたださたい.1
4.1加熱炉型熱分解装置
本邦では1964ごろ,加熱炉型熱分解装置が島津製作所,柳本製作所及び日立製作所からほぼ同時に市販された.いずれの装置も図3のように横型の加熱炉を備えたもので,基本的には類似したものが市販されていた.1975年ごろに至り,柘植らは横型加熱炉型熱分解装置を基本的な見地から見直し,再現性のよい縦型のマイクロ加熱炉型熱分解装置を開発し報告している,その装置の断面図を図4に示す.


図4マイクロ加熱炉型熱分解装置


柘植らの基本的な見地とは,1)試料を常に一定温度位置へ導入できること,2)試料ホルダーの熱容量の減少,3)熱分解生成物の迅速な低温部への移行とGC分離の高効率化(死空間の減少)などであり,現在それらの問題点が克服された再現性のよい熱分解装置が市販されている.強いて問題点を指摘すると,この方式の熱分解装置ではバイパスガスラインの不備によって,試料導入の前後でキャリヤーガスの流れが一時停止する,さらに,GC/MSにこの装置をi接続した場合は,フィラメント型と同様に分析系から空気が除去されるまでの問熱分解が行えない等の問題点が残されている.また自動化された熱分解装置が入手できないなどの問題点も残されている.

4.2フィラメント型熱分解装置
フィラメント型熱分解装置の熱分解プローブ部を図5に示す.この装置はCDS社のLevyらによって開発されたものである.


図5フィラメント型熱分解装置


溶媒に可溶な試料であれば白金フィラメントもしくは白金リボン上に試料を塗布した後,フィラメントもしくはリボンの温度を約60℃まで昇温させ溶媒等ポリマー中に含まれている揮発性物質を除去する.次に,プローブをGCの試料注入口に接続したGCインターフェイス(通常20σ〜250℃に保温されている)に挿入した状態でキャリヤーガスを流しながら急速加熱法によって500〜550℃の温度で試料の熱分解を行う.溶媒に溶けない試料の場合は,フィラメントの線径を太くした白金製のコイルエレメントを使用する.このコイルエレメントの中心に試料を入れた石英チューブを差し入れ同様に熱分解を行うことができる.上述のフィラメント熱分解装置を少し変形した熱分解装置がある..それはスウェーデンのEricssonらによって開発22-23)され,同国のPyro Lab社より商品名Pyrola(パイローラ)として市販されている.

4.3キューリーポイント型熱分解装置
キューリーポイント型熱分解装置は著者らが開発24)し改良25-27)を加えてきたもので,最新のものの断面図を図6に示す.この型式の熱分解装置の特長として,パイロホイルを加熱熱源としていることから,どのような環境下でも必ず同一温度条件で熱分解が行えることから,同一装置においてもまた装置が替わっても再現性が優れている点があげられる.また熱分解温度の変更が容易で,パイロホイルを二重包みにすることによって,試料の二段階(多段階)加熱が可能である.また20試料を連続的に熱分解できる自動熱分解装置が市販されている.強いて問題点を指摘すると,キューリポイント型熱分解装置では,熱分解温度の選択が21種類に限定されており,それ以外の温度を選ぶことができない問題点が残されている.キューリーポイント型熱分解装置の加熱技術を応用して,熱分解一MS用のプローブ,P&T型ヘッドスペースサンプラーおよび水熱分解反応の加熱熱源としても市販されている.


図6 キューリーポイント型熱分解装置

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