生活文化・      安定同位体比により覚せい剤をプロファイリングする
 エネルギー

 覚せい剤のメタンフェタミンは風邪薬などの成分として用いられているエフェドリン類を原料として密造される。エフェドリンは様々な方法で製造されるが、化学的性質が同じであり識別は困難である。炭素や窒素の安定同位体比分析により、密造に使用されたエフェドリンの製造法の推測は可能となっている。さらにエフェドリンの水素同位体比δ2H分析を行うと、原料植物の生育場所や合成の際の化学原料の差異が現れ、識別の可能性が示された。今後、多くの試料の炭素、窒素と水素の安定同位体比の分析により、覚せい剤の密造に使用されたエフェドリン類の流通ルートの解明が期待される。

【P1060】        覚せい剤メタンフェタミンと原料エフェドリンの
              水素安定同位体比分析によるプロファイリング

(関税中央分析所1・東大院薬2)○倉嶋直樹1・牧野由紀子2・浦野泰照2・長野哲雄2
[連絡先:倉嶋直樹, 電話:04-7135-0161] 

 覚せい剤のメタンフェタミンは、風邪薬などの成分として用いられるエフェドリンやプソイドエフェドリン等のエフェドリン類を原料として主に密造される。エフェドリン類は、麻黄という植物からの抽出(麻黄抽出法)のほか、糖蜜等の醗酵により生成する物質からの合成(醗酵法)、化学原料からの合成(化学合成法)により製造されている。密造組織は、これらエフェドリン類を正規ルートからの流用により入手していると考えられる。
 エフェドリン類は、いずれの方法で製造されたものも化学的な性質は全く同じであり、これらを識別することは困難で、ましてメタンフェタミンに形を変えると通常の分析手段では識別できない。しかし、これまでの研究で、炭素及び窒素の安定同位体比分析により、メタンフェタミンの密造に使用されたエフェドリンの製造法の推測が可能となっている。一方、エフェドリン類とメタンフェタミンに含まれる水素の同位体比(d2H)については、これまで十分なデータが得られていない。
 麻黄や糖蜜の原料のサトウキビは植物であり、これらから製造されるエフェドリン類のd2Hは、原料の植物が吸収する雨のd2Hと関係があると考えられる。雨のd2Hについては、緯度、高度、海岸からの距離等、様々な要因により変化し、地域により異なることが知られている。従って、麻黄抽出法や醗酵法のエフェドリンのd2Hは、原料の植物が生育した場所の違いを反映した値になることも考えられる。また、化学合成も関与する醗酵法では、合成の際に使用する化学原料のd2Hにも影響される。このような要因により、エフェドリン類のd2Hは、試料ごとに固有の値を持つことが予想される。そのため、本研究では、水素同位体比分析に注目することとした。
 今回、各種エフェドリンのd2Hを測定したところ、製造法の違いによりd2Hの分布する領域が異なる傾向が得られた。同じ製造法の試料内でも、d2Hが大きく異なるものがあり、先に述べた予想を支持する結果となった。エフェドリン類からメタンフェタミンを合成した際には、d2Hは、一様に減少する傾向があり、メタンフェタミンのd2Hから原料のエフェドリンのd2Hを推測することについて可能性が示された。これらについては今後、検体数を増やして検証していくこととなる。近い将来、炭素、窒素に水素を加えた安定同位体比分析が、メタンフェタミンの密造に使用されたエフェドリン類の流通ルートの解明に寄与すると期待される。