生活文化・     特異的に発光する蛍光プローブによる転移微小がんの発見
 エネルギー

 蛍光イメージング法は、高感度な分析法であるが、生体内では大きなノイズ蛍光が発生する問題から、この手法でがん細胞を特異的に見分けることは困難と考えられていた。今回の研究では、がんの悪性度に深く関わるHER2受容体と、そこに特異的に結合するハーセプチン抗体からなる複合体が、がん細胞内に取り込まれた後、酸性細胞小胞官に輸送される現象に着目した。すなわち、酸性条件で強く蛍光を発するハーセプチン蛍光プローブを開発することで、がん細胞を特異的に見分けることに成功した。この新技術によって、発見が困難とされる転移微小がん細胞の高感度検出が期待できる。

【A2006】        至適pKaを有する酸性環境検出蛍光プローブの開発と
                 特異的がんin vivoイメージングへの応用

(東大院薬1・JST CREST2・JST PRESTO3・NIH/NCI4) ○浅沼大祐1, 2・浦野泰照1, 3
長野哲雄1, 2・浜 幸寛4・小山佳成4・小林久隆4
[連絡者:長野哲雄,電話:03-5841-4850]

 医療において、CTやMRI、PETをはじめとするイメージング技術はがんの診断や発見、治療経過を観察する上で不可欠な手段となっている。蛍光イメージング法は、他の手法に比べて高感度かつ優れた時間・空間分解能を有する簡便で安全な手法であるものの、投与した蛍光イメージング剤の体内動態を制御することは難しく、非腫瘍部への非特異的結合などに由来する高いノイズ蛍光といった問題により、現状では汎用されるに至っていない。そこで本研究では、ある種のがん細胞に対して集積性を示す分子と蛍光のOFF/ON制御機構を施した蛍光プローブを組み合わせ、それぞれの利点を活かした新たながんイメージング手法を開発し、腫瘍部を特異的に可視化することを目的とした。
 がんの悪性度に大きく関わる受容体として知られるHER2は、乳がん患者で高頻度(20-25%)に過剰発現しており、HER2陽性患者に対してこの受容体に特異的に結合する抗体ハーセプチンが治療に用いられている。ハーセプチンはHER2に結合し二量体化を促進して細胞内に取り込まれた後、後期エンドソームやリソソームといった酸性細胞内小器官へと輸送されることが知られている。そこで、酸性条件下ではじめて強蛍光性となるpHプローブをハーセプチンに結合させることにより、がん細胞に取り込まれたことを認識して強い蛍光を発するプローブの開発が可能であると考えた。
 光誘起電子移動機構を動作原理とした蛍光プローブの論理的設計により、細胞内酸性環境を検出する上で有用な蛍光pHプローブの開発に成功した。続いて、pHプローブ−ハーセプチン複合体が細胞実験において細胞内に取り込まれて初めて強蛍光性となることを確認し、肺がん播種モデルマウスにおいて開腹下でがんの特異的イメージングに成功した。この新たに開発した“腹切りイメージング手法”により、がん切除といった外科手術で発見が困難とされる転移微小がんの検出が容易になり、ブラックジャックも驚きの外科手術が実現するかもしれない。

図.pHプローブ−ハーセプチン複合体はがん細胞に特異的に取り込まれ、蛍光を発するようになる.