生活文化・     鉄鋼の炭素量を自由に操れる鍛冶の技を理化学分析で覗く
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西本願寺御影堂の屋根瓦を留めていた鉄釘は約400年前に作られたもので,中国地方の奥出雲の砂鉄を原料とし,その成分も不純物の少ない鉄鋼であることが判明している.また,古くからこの地の鉄は刀剣の材料になるといわれているが,本瓦鉄釘の炭素濃度は低く,このままでは刀剣にはならない.そのため,鍛冶により炭素濃度を高める浸炭工程を行い,さらに,高濃度化した炭素量を下げる脱炭工程を行い,炭素濃度を調節できることを実験で確かめ, 刀子 ( とうす 小刀)に加工した.これらの工程により得られた鉄鋼試料を分析し,鍛冶匠の技術解明の一助にすることができた.

【P1107】      EPMAによる前近代鉄鋼の浸炭及び脱炭プロセスの解析

(武蔵工業大学) ○加藤将彦,平井昭司
[連絡者:
平井昭司,電話:03-5707-2109

 京都・西本願寺の御影堂(世界遺産)は、平成10年より平成の大修復が行われている。御影堂の屋根瓦を留めるために使用されている長さ約40cmの瓦鉄釘は江戸時代に作製されたもので、材質を中性子放射化分析すると、不純物元素含有量が少なく、良質な鉄鋼であることが明らかとなっている。また、AsとSb濃度比から奥出雲地方の砂鉄を原料とした鉄鋼であることも判明している。この奥出雲地方からの鉄材は玉鋼とも呼ばれ、すぐれた刀剣の材質にもなる。本研究では瓦鉄釘が同一地域の鉄材であることを考えると、刀剣の材料として使用する場合、鉄釘中のC濃度が低過ぎるため、現状では鋼にはならない。それゆえC濃度を上げる浸炭プロセスを行ったときのC及びその他の微量元素がどの様な挙動をするのかをEPMAにより解明することを目的とした。
鉄釘3本(約920g)をそれぞれ細かく切断し、厚さ約1mmの板状(約1×2cm2)を作成し、数回に分け鍛冶炉中の木炭床に投入し、溶解させ、浸炭した鉄塊を作製した。これら数個の鉄塊を、粘土汁をつけ再び炉中に入れ溶解し、鉄材の鍛造を行った。この鉄材より刀子の鍛造を行った。ここでは、浸炭した鉄塊及び鍛造した鉄材中のCの定量及び光学顕微鏡とEPMAによる金属組織の観察を行った。

光学顕微鏡により金属組織の観察を行った際、浸炭後にはねずみ鋳鉄特有の片状黒鉛が析出していた。また、鍛造後の鉄材では片状黒鉛がなくなり、非金属介在物が僅かに存在していた。 C濃度は、鉄釘中では軟鋼あるいは軟鉄に近い材質であるくらい低く、浸炭後の鉄塊では鋼のレベルまで急激に増加した。さらに鍛造後には鉄塊を繰り返し鍛錬したことで減少した。すなわち鍛冶により浸炭や脱炭ができ、鉄中のC濃度を調節できることが分かった。EPMAにより浸炭後の鉄塊にはC強度が強い片状黒鉛が観察された。また、非金属介在物部分にはSi、Al及びOの分布が主に確認できた。これらの元素は滓成分であり、鍛造時の鉄材を叩く際に用いた粘土より混入し、僅かに金属組織中に残留したものと推察できる。刀子に加工する際には更に鍛錬を行うため、鉄材中の不純物は更に除去されることが予想される。これらのプロセスを経て、御影堂の瓦鉄釘は刀剣にも使用できるほど純度が良いことが実証された。

図 鍛冶による刀子製作