◆ 新素材・    ノーベル賞受賞質量分析装置を用いた固体試料中の
 先端技術◆   微量成分の直接分析

 マトリクス支援レーザー脱離イオン化分析法は、田中耕一氏のノーベル賞受賞により一躍脚光を浴びた。この方法は、高分子量の不安定な物質の精密な質量分析法として不可欠である。著者らは試料の前処理を極めて簡略化して実施する方法を開発した。トリフルオロ酢酸を加えたマトリックス試薬溶液に試料を直接懸濁し、これを試料プレート上に滴下・乾燥して分析を行った。本法により木材樹皮中タンニンの質量スペクトルを測定したところ、通常では観測できない高分子領域のタンニン成分が検出でき、構造推定が可能であった。同法により他の生体試料の直接分析にも成功している。
【1P46】 マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法による
      固体有機物試料中の微量成分の直接分析

  (名大高エネセ・名大院工1) ○石田康行・北川邦行・大谷 肇1
  〔連絡者:石田康行、e-mail:yuki@apchem.nagoya-u.ac.jp〕

  
 田中耕一氏のノーベル賞受賞により一躍脚光を浴びることになった、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法(MALDI-MS)は、タンパク質などを始めとする高分子量の不安定化学種の質量分析を可能にする手法として、生化学や高分子化学の分野で不可欠な手法となりつつある。各種の材料や生体試料中に存在する微量有機物をこの方法で解析するには、一般に、当該成分を予め分離して測定に供することが求められるが、この操作はかなり煩雑で、しばしば測定結果の信頼性を低下させることもある。そこで我々は、様々な有機材料および生体試料中の機能発現や生理活性の鍵を握る微量成分を、固体試料調製法を用いたMALDI-MSにより、直接解析する方法の開発を行った。
ここでは一例として、木材中に含まれ、抗菌性などの生理活性を有するポリフェノール成分(タンニン)の直接分析に成功した結果を紹介する。まず、木材(アカシア)の樹皮を凍結粉砕して得られた微細粉末試料を、試料成分のイオン化に作用するマトリックス試薬(2,5-ジヒドロキシ安息香酸)のメタノール溶液中に分散させた懸濁液を調製した。この際、樹皮試料の細胞壁を分解して、タンニン成分のイオン化を促進するために、マトリックス試薬溶液にトリフルオロ酢酸を少量添加する工夫をした。この懸濁液の約1 μlを試料プレート上に滴下・乾燥させた後、N2レーザーを備えた飛行時間型質量分析計を用いてMALDI-MS測定を行った。その結果得られたMALDI質量スペクトル上には、下図に示すように、通常の溶媒抽出では木材から分離して取り出すことのできない高重合度の成分も含め、分子量約3,000までのタンニン成分を明瞭に観測してそれぞれの構造を推定することができた。さらに、これまでに、この方法により、ミジンコ1匹中の脂質類、バクテリアの細胞膜を構成するリン脂質類、および樹脂材料中の光安定剤などを、直接解析することにも成功している。このように本法は、各種の材料および生体試料中の微量有機物の新しい分析法として、新材料の開発や生体での生理活性の発現メカニズムの解明などに貢献し得るものと期待される。