【2H10】 イクラ卵細胞中ヒ素のスペシエーション
(名大院工・産総研*)○松浦博孝・黒岩貴芳*・稲垣和三*・高津章子*・原口紘き
[連絡者:松浦博孝,電話:052-789-5288]
本研究は、演者らが提唱する「拡張元素普存説」(人間を含む地球上の物質には周期表中のすべての元素が含まれている)の究極の研究目標である「一細胞中の全元素の存在」を証明するための研究の一環である。そこで、これまで「一細胞の全元素分析」を目的として、サケの卵であるイクラ卵細胞を対象として、50種類を越える元素を定量・検出してきた。その結果、イクラ中にはリン、鉄、亜鉛、銅、マンガン、コバルト、銀等の元素が、海水中濃度と比較して10,000〜500,000倍濃縮されていることを明らかにしてきた。ただし、生体内元素はその化学形態により代謝機能や毒性・有害性が異なることから、今後は元素の存在だけでなく、元素の化学形態の解明(スペシエーション)が重要な研究課題である。その中で、今回はイクラ中ヒ素のスペシエーションに関する研究を行った。
ヒ素はイクラ卵細胞中濃度が約200 ng g-1であった。本研究では、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)と誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)を結合した複合分析システムを用いて、イクラ卵細胞中ヒ素の化学形態別分析を行い、卵細胞内液と卵細胞膜におけるヒ素化合物の分布を解析することを試みた。その結果、ヒ素化学種として、卵細胞内液ではアルセノベタイン(有機態, 無毒)が約80%、卵細胞膜ではヒ酸イオン(無機態, 有毒)が約35%と存在割合が最大であり、内液・膜の両者において、ヒ素化学種の分布が異なることが明らかになった。この結果は、酵素阻害剤であるヒ酸イオンが膜に多く、内液にはメチル化により無害化された有機態化学種として取り込まれていることを示すものである。また、ヒ素は、タンパク質やDNA, RNAの合成酵素として重要な亜鉛の代謝活性に関与すると考えられており、アルセノベタインが内液において高濃度であったことは、ヒ素の生体必須性を示唆する大変興味深い結果である。
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