◆新素材・先端技術◆   化学の‘ものさし’を使わずに有機化合物の絶対量を知る

>機器分析法で必須の標準物質(化学の‘ものさし’)の開発は,有機化合物に関しては,その非特異性や類似構造体の共存により困難を極める。検出器にプロトンNMR(核磁気共鳴装置)を用いると,信号強度がその物質のプロトン比に対応することから,同組成の標準物質を用いないで測定できる新たな絶対的濃度測定法を考案した。絶対量既知の物質が一つは必要であるものの,本測定は理論的には一次標準測定法の使用という標準物質値付けのための要件を満たしており,フタル酸エステルやアルキルフェノールなどで類似構造の化合物群の効率的な値付けに期待がもてる。

LC-NMRによる有機化合物の絶対量測定

(産総研)○井原俊英・齋藤 剛・清水由隆・岩澤良子・木下美雪・衣笠晋一・野村 明
 [連絡者:井原俊英]

GC/MSやLC/MSといった分析機器を用いて目的物質の分析を行う際には,機器校正用の標準が必要である。定量値は標準との比較測定によって得られるため,この校正用標準の濃度信頼性は重要である。ところが、これらいわゆる濃度標準において物質の本質的な量を知ろうとすると絶対量測定が避けて通れないため,国際単位系につながるいわゆるSIトレーサブルな高精度分析が余儀なくされるというやっかいな問題に直面する。CCQM(国際度量衡委員会が設けた物質量に関する諮問委員会)では,このような概念の分析法を一次標準測定法と呼んでおり,「最高の計量学的質を有し,測定の基本単位によって直接的または間接的に関連づけられるもので,同一の量の他の標準への参照なしにその値を付与することのできる測定法」と定義している。特に有機化合物に関しては,無機化合物と比べて特異性が乏しいことや類似構造の物質が多数存在しうることから,対象物質のみを測定していることを保証するのが困難であり、一次標準測定法で絶対量を規定した濃度標準は世界的にもほとんど無い。多成分同時測定が一般的に行われている今日、この問題の解決はさらに困難さを増しているが、分析値の信頼性確保は不可欠であり精確な濃度標準の供給が待たれている。
そこで本研究では、フタル酸エステルやアルキルフェノールなど類似構造の物質が多数存在する際に,物質毎に標準を用意することなく絶対量を規定できる新たな濃度測定法を考案した。一般的にクロマトグラフィーで物質を定量する際には、測定対象物質と同物質の濃度標準が個々に必要であるが、検出器に1H-NMRを用いると、得られるシグナルの強度が原理的に物質の1H(プロトン)比にそのまま対応することから、その必要がないと考えられる。例えば、アルキルフェノール混合溶液において共通するベンゼン環のプロトンだけを検出することで、全てのアルキルフェノールの濃度がそのままモル比に対応する形で決定できる可能性がある。モル比の測定には絶対量が既知の物質が一つは必要であるが、理論的には一次標準測定法の条件を満たしており、少なくとも類似構造の化合物群はきわめて効率的に濃度値を付与することが可能になるものと期待される。