>◆医療・生命◆  オーダーメード医療を目指したタンパク質の個人差識別

薬物動態や薬理効果の発現には,血漿中のタンパク質と薬物との結合が大きな影響を及ぼす。更に血漿タンパク質には幾つかの変異体がある。従って,新薬開発や患者ごとの「オーダーメード医療」を行ううえで,タンパク質変異体のアミノ酸配列を微量かつ迅速に同定することが急務となっている。本研究では,高分解能キャピラリー電気泳動法(CE)と高感度質量分析法(MS)を組み合わせたナノスプレーCE/MSを用いて,α1−酸性糖タンパク質変異体のアミノ酸配列の違いをはじめて明らかにした。本法は,広範なタンパク質の構造解析への応用も期待できる。

(京大院・薬)○幸長秀雄・黒田幸弘・澁川明正・中川照眞
[連絡者:黒田幸弘、電話:075-753-4531]

薬物は血漿中でアルブミンやα1-酸性糖タンパク質(AGP)などと結合平衡状態で存在するが、遊離型薬物のみが血管壁を透過し組織に移行するため、血漿タンパク結合は薬物の体内動態や薬理効果発現に大きな影響を及ぼす。AGPには遺伝的にアミノ酸配列の異なる変異体(variant)が存在し、主要な3つのvariant (F1, S , A)といくつかのminorなvariantが存在する。一方、最近AGP variant間で異なる薬物結合性を示すことが明らかとなってきた。これは、アミノ酸配列の異なるvariantごとに薬物結合部位近傍の立体構造が異なることに起因すると推察されるが、各variantのアミノ酸配列は未だ不明である。従って、新薬の開発や安全な薬物の使用には各 variantのアミノ酸配列を同定することが極めて重要である。
本研究は、微量かつ構造差異が小さいAGP variantのアミノ酸配列情報を得ることを目的とし、高分離能を有するキャピラリー電気泳動(CE)と高感度検出が可能な質量分析計(MS)をオンライン接続したナノスプレー CE/MSを用いて、AGP variantの分析を行ったものである。この研究において、F1、S、A variantに特有の配列を含むペプチド断片を観測することに成功した。また、これまでF1 variantとS variantのアミノ酸配列の違いは多くてもアミノ酸数残基程度であると考えられていたが、この研究でF1 variantの20位のアミノ酸はグルタミンであるがS variantの20位のアミノ酸はアルギニンであることが確認された。今後、この研究で用いられたナノスプレーCE/MSのような高感度かつ高分離能を有する分析手段が発展すると、AGPのみならず他の微量タンパク質のミノ酸配列及び翻訳後修飾や アミノ酸配列及び翻訳後修飾やSNPs由来の変異等を容易に調べることが可能となり、一人ひとりの患者の体質に合わせた「オーダーメード医療」への貢献が期待される。