◆生活文化・エネルギー◆      爪の中の微量元素からたばこや毒物の影響を探る

毒物など人体への影響を調べるためには,従来,血液を採取するなど,被験者に痛みを与える方法が主として用いられてきた。著者らは,採取が容易な爪に着目し,爪に含まれる微量元素の定量を試みた。分析法としては,シンクロトロンからの放射光を利用したX線分析法やICP質量分析法などの最新の分析法を用いた。その結果,たばこを吸う人は吸わない人よりも高濃度のカドミウムや鉛が含まれることが分かった。又,ラットを使った実験から,爪中のヒ素濃度がヒ素摂取の指標となることも分かった。

(東理大理・JASRI SPring-8*・聖マリアンナ医大予防医+)田中美由紀・保倉明子・寺田靖子*・中井泉・山内博+
[連絡者:中井泉]

爪は皮膚が変形しできたもので、アミノ酸の一種であるケラチンと呼ばれる繊維状のタンパク質が主成分である。その組織中に代謝および排泄された元素を蓄積すると考えられており、最近では、栄養学や臨床医学的見地から、人間の健康評価、各種疾病のスクリーニングテストへの利用が注目されている。特に、爪は被験者に苦痛を与えることなく採取でき、保存も容易なため、モニター用サンプルとして適している。
本研究では、爪に含まれる微量元素に注目し、生活環境から体内への金属元素の摂取および蓄積の指標としての爪の有効性を明らかにすることを目的として研究を進めた。実験には、喫煙者と非喫煙者の爪、ヒ素を摂取させたラットの爪を試料として用いた。喫煙者と非喫煙者の爪は、放射光蛍光X線分析を用いて非破壊で定性分析と断面の一次元分析を行った。さらに50 mg程度の試料を硝酸0.1 mlで分解してICP発光分析およびICP質量分析を用いて定量分析した。ラットについては、放射光蛍光X線分析を用いて摂取させたヒ素水溶液の濃度と爪中のヒ素含有量の関係を調べた。
人の爪には、カルシウム、鉄、銅、亜鉛、セレン、臭素が常に存在し、人によってはニッケル、水銀、鉛、ヒ素などの有害元素が存在した。喫煙者の爪には、非喫煙者の爪に比べて2〜3倍の濃度のカドミウムや鉛が含まれていた。これは、タバコに含まれるカドミウムや鉛が煙を介して蓄積したものと考えられる。また、ヒ素水溶液を摂取させたラットの爪を測定したところ、摂取させた水溶液中のヒ素濃度が高くなると、爪中のヒ素含有量が増加することがわかった。このことから、爪におけるヒ素含有量はヒ素摂取の指標になると考えられる。爪に含まれる微量元素の分析法として、ICP発光分析およびICP質量分析、放射光蛍光X線分析が有効であることがわかった。