◆生活文化・エネルギー◆     名古屋城に使われていた鉄釘の原材料は

名古屋城天守閣は慶長15年(1610年)の築城以来,何度かの改修が行われ,現在の天守閣は昭和34年に新たに構築されたものである。それ以前に使われていた鉄釘を分析したところ,50以上の元素の濃度を求めることができた。釘ごとの元素濃度の分布から考えると,3〜4種類の原材料が用いられていた可能性があり,マンガンやリンの濃度が比較的高い鉄鉱石が使われていることが特徴である。分析した鉄釘がいつの時代にどんな製法で作られたものかは分かっていないが,これらの分析によって,貴重な文化財資料の材料や技法が明らかになることが期待される。

(武蔵工業大学工学部・神奈川高度技術支援財団*) ○平井昭司、岡田往子、岩崎 廉*
〔連絡者: 平井昭司〕

 慶長15年(1610年)に築城された名古屋城の天守閣(大天守)は、現在まで破損の度ごとに幾度かの大小の修理が行われてきた。特に、寛文9年(1669年)および宝暦2年(1752年)には大修理が行われ、昭和20年(1945年)に戦災により全ては焼失してしまったが、現在の大天守は、昭和34年(1959年)に新たに再建された。焼失されるまでの大天守に用いられた瓦鉄釘の300〜400本は回収され、民間に払い下げられ長期にわたって保存されていた。今回、それらのうちの6本を中性子放射化分析法(INAA)およびグロー放電質量分析法(GDMS)により分析することができたので、文化財資料の分析法への適用の検討並びに含有する微量元素から鉄釘材質の評価を行った。
焼失のため飴のように曲がった鉄釘は、払い下げられた後油の中に約4ヶ月保管され、その後1本1本ハンマーで打ち延ばしが行われた。鉄釘(46〜56g/本)は、約5mm角で長さ約30cmの細長い釘で、表面はすでに褐色に銹化していた。分析には表面の銹化部を除去して、内部の金属部のみを用いた。INAAでは試料量約50mgで53元素、GDMSでは試料量が約4g(ピン状)で61元素を定量し、そのうち鉄材質を評価するに大事な元素C、Si、P、S等も同時に定量できた。本研究では両分析法で共通に定量されたNa、Al、Cl、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Ga、As、Mo、Sb、W、Auの17元素のうち標準物質で感度係数RSFを補正できた12元素について相関を取った。大部分の元素は±約10%以内で値の一致が見られたが、Al、Mo、As、Sbは多少ばらついていた。
以上の知見を基に、鉄釘中の元素濃度を調べると、1本の釘での元素濃度分布の変動は小さく、ほぼ均一であったが、釘毎の元素濃度の分布は異なり、3〜4種類ぐらいに分類できた。炭素濃度は、0.002〜0.054%と純鉄あるいは低炭素鋼に分類されるが、特筆できることはMn濃度が0.04〜0.4%と濃度範囲が広いことと、砂鉄を原料にしては0.4%と非常に高かった。さらに、Ni濃度が0.03%〜0.07%、Cu濃度が0.01%〜0.11%とNi及びCu濃度が共に高い鉄釘があった。また、Pについても、0.03〜0.3%とMn同様に多くの鉄釘で高い濃度であった。このような元素濃度になる鉄原料は砂鉄にはみられないので、鉄鉱石由来のように思える。特に、MnおよびPの濃度が同時に高い鉄鋼資料は、前近代の和鉄あるいは和鋼においてほとんど見出されていない。そのため、焼失した大天守に使われていた瓦鉄釘がいつの時代のものか不明であるが、このようにMnおよびPの濃度が同時に高い鉄釘が作られていることは非常に興味深いことである。