◆環境・防災◆   湾 内 に お け る 抗 生 物 質 の 挙 動 を 追 跡
 環境中に抗生物質が残留すると,耐性菌の出現などの問題が生じる。今日,魚の養殖に抗生物質が使われているが,散布後の抗生物質の挙動はあまり知られていない。 本研究において,高知県の浦の内湾内での抗生物質の濃度分布を調べたところ,海水や沈降懸濁物中に極微量の抗生物質が検出された。又,海水環境中での抗生物質の光分解や,プランクトンによる取り込みなどを測定することにより,閉鎖的な湾内で散布された抗生物質が,種々の要因で消失したり,吸収されることが分かった。
【2A05】    閉鎖的内湾における水産用抗生物質の動態解析に関する研究(2)

    (高知大教育・農1・海洋生物セ2)○蒲生 啓司・矢野 貴樹・宗景 志浩1・岩崎 望2
                   [連絡者:蒲生 啓司]

 海洋環境を理解していく上では,海洋中の物質の存在量とその発生源,およびその循環機構等,物質レベルで解明していかなければならないことがたくさんあります。海洋環境は,まさに物質のFate and Behaviour(挙動と運命)を物語る場であります。
 私達の研究室では,閉鎖海域における物質変動調査の一環として,外因性の溶存有機物質に注目してその挙動解析を行ってきました。浦の内湾(うらのうちわん,高知県)のような閉鎖性の内湾では,狭い湾口を通じて,上げ潮時にわずかに海水が流入し,下げ潮時に流出するだけで,海水交換性が極めて悪いので,外因性の有機物質等,湾内に残存する物質は広範囲に拡がらず,また外海への流出も少なく,湾内に残留してしまう訳です。例えば魚類養殖では,魚病対策として抗生物質が広範囲に用いられています。餌と共にその大部分は養殖魚に摂取されますが,残餌として海中で懸濁し海底まで沈降すると考えられますし,また海水中に溶出したものは,プランクトンや貝類などに吸収されると考えられます。閉鎖系内湾で繰返される抗生物質の投与は,それらの残留性を高めるばかりでなく,耐性菌出現の環境を生出す可能性を有しているところに問題点があります。実際のところ,こうした溶存有機物に関する海水・海域での挙動と運命については,詳細な調査研究がありません。
 この研究では,閉鎖的内湾における外因性溶存有機物質の動態解析を進めるべく,海水や沈降懸濁物に含まれる抗生物質の濃度分布,並びに光(紫外線)によるそれらの消失特性を明らかにし,また,抗生物質を添加した海水培地でプランクトンを培養した時の,培地およびプランクトンへのそれらの残留性を明らかにすることを目的としました。
 植物プランクトンとしてケイ藻(Skeletonema costatum)を選んで,抗生物質を含んだ培地で培養し,比較のために,ケイ藻を含む抗生物質を含まない培地,ケイ藻を含まない抗生物質培地でも培養を行ないました。それらをインキュベーター内で培養(明暗サイクル12時間毎,温度20℃に設定)して,数日毎に培養液中の抗生物質の濃度,またケイ藻の個体数,クロロフィル量,および抗生物質濃度を測定しました。その結果ケイ藻の抽出物から数μg〜数mg 程度の抗生物質が検出され,溶存抗生物質がケイ藻体内に取り込まれていることが分かりました。一方,内湾の数箇所で採取した海水や沈降懸濁物からは,極微量ながら抗生物質が検出されました。海水中に溶存した抗生物質は,直射日光によって消失することも調べてありますが,光合成が活発に行なわれる表層では,植物プランクトンが多く存在するために,光による消失とプランクトンへの取込みが同時に進行するものと想像できます。
 以上,閉鎖的内湾に負荷される外因性有機物質として抗生物質を取り上げ,光による消失特性やプランクトンによる吸収量を観察すると共に,海水および沈降懸濁物中の濃度分布を観察しました。気象条件の影響を受ける閉鎖的内湾では,微量溶存物質の経時的計測が極めて難しい問題であります。