◆環境・防災◆    海藻が海から集めた金属元素の超高感度分析
 海藻は海水に溶けている微量元素を濃集する働きがあることは知られていたが,どのような元素をどのくらい濃集するのか,実験室で培養して動的に調べることは困難であった。PIXEという手法を使うと0.1mgの試料に含まれる1ppmの元素も検出できるので,0.1mg程度の微細藻類を 5ml程度の海水で飼育することにより,海水に溶けている元素が微量でも,海藻への元素の濃集量を正確に求めることができる。その結果,ある種のケイ藻類は鉛を海水の濃度の何と13000倍も濃集することが分かった。
【2A01】     PIXE法を用いた微細藻類による亜鉛、鉛の濃縮係数の測定

       
(秋田大教育文化)○岩田吉弘・鈴木真由美 [連絡者:岩田吉弘]

 海洋における化学元素の存在量とその移動には、生物の働きが大きく関わり、同時に生態系そのものにも大きな影響を与えている。このため海水や海産生物中の元素は海洋学、水産学、環境科学など多方面から注目されている。これらの研究には、海産生物に対する高感度な多元素分析法が不可欠である。しかし、海産生物には多量の塩分が含まれること、植物プランクトンのように試料量が少ないことなどが、分析法開発の妨げになっていた。粒子励起X線分光法(PIXE法)では、小型の粒子加速器で陽子などを発生させ、これを分析試料に照射することで微量元素を励起し、発生する特性X線の測定する化学分析法である。荷電粒子による原子励起の効率が極めて高いため、高感度な分析が可能である。また微量元素のX線の発生や測定に対する共存元素の影響が小さい。さらにPIXE法ではわずか0.1mgの分析試料を照射することで1/1,000,000(1ppm)の微量元素が定量できる。このため海産生物に含まれる多元素の同時定量には、最適な分析法の一つと考えられる。
 本研究では、PIXE法の特徴を利用し、微細藻類(植物プランクトン)による亜鉛、鉛といった重金属の濃縮係数を定量的に調べた。濃縮係数は、海水と生物に含まれる化学物質の濃度比を表し、大きいほど生物に濃縮されやすいことを意味する。このため海洋における化学物質の移動の評価には重要である。実験は、数十mLの人工海水中で緑藻類あるいは珪藻類を培養し、これに正確な量の重金属類を添加し、藻類に取り込まれた金属をPIXE法で測定することで行った。 藻類中の生体必須元素を中心に15元素の定量が約20分間で行えた。このとき、わずか5mLの海水で培養した微細藻類(0.1から0.2mg)しか分析に必要とされなかった。緑藻類のNannochiloropsis類は乾燥重量あたりで亜鉛を9000倍、鉛を1100倍濃縮していた。また、珪藻類のPhaeodactylum類は鉛を13000倍濃縮することもわかった。
 これまでも多くの種類の海産生物が採取され、化学分析されてきたが、実際の海水中の微量化学成分の把握がむずかしかった。しかし、 PIXE法の導入で、組成のよく分かった人工海水中での実験が可能となった。人工海水の組成や培養条件、生物種は任意に変えることができるため、この手法は、環境評価や環境動態の予想に大きな威力を発揮できると期待される。