◆新素材・      反粒子を使用した世界初の透過型陽電子顕微鏡
 先端技術◆

 電子と質量が同じで電荷が正である陽電子という反粒子がある。陽電子は,電子との遭遇で消滅するが,その10億分の1秒というわずかな時間に物質中の原子空孔を探し出し,空孔の量やサイズ情報を与えるといった電子にはない特性がある。本研究では,高強度陽電子ビームラインを使用し独自のマイクロビーム系と組み合わせた世界初の透過型陽電子顕微鏡を開発した。これまで理論では電子と陽電子の透過率に差がないとされてきたが,実験の結果,陽電子のコントラストが高くなっていることがわかり,更に回折像の取得にも成功した。 

【A3001】                 透過型陽電子顕微鏡の開発

  (千葉大院工,高エネ研1, 日本電子2)○村谷孝博,神野智史,岡壽崇,
   栗原俊一1,松谷幸2,井上雅夫2,大塚岳志2,藤浪真紀
  〔連絡者:藤浪真紀,電話043-290-3503〕

 電子顕微鏡は今や大変な進歩をとげ,科学・技術の発展に必要不可欠な物質観察装置となっている。一方,質量は電子と同じで,電荷が正の陽電子という反粒子がある。反粒子であるため電子と出会うと消滅するが,そのわずかな時間(10億分の1秒以内)に物質中の原子空孔(原子のない場所)を探し出し,空孔の量やサイズ情報を与えるといった電子にはない特技がある。また,各種電子分光法は陽電子で置き換え可能であり,電子とは逆の相互作用を利用した陽電子分光法は電子とは異なる情報をもたらす。我々はその陽電子を用いて,世界初の透過型陽電子顕微鏡を開発し,電子との差を実証することを目的とした。
 
陽電子の顕微鏡への応用の最大の難点は弱い強度であり,電子と比較してその輝度は1016分の1しかない。顕微鏡用に極めて細いビームにすると陽電子は試料まで一粒も到達しない。そこで高エネルギー加速器研究機構の高強度陽電子ビームラインを使用し,磁場調整機能,磁気レンズ,透過型輝度増強Ni単結晶薄膜といった独自のマイクロビーム化光学系を開発し,電子顕微鏡と組み合わせ透過型電子顕微鏡を開発した(図1)。図2は陽電子エネルギー30keVでの金単結晶薄膜(10 nm厚)の世界初の透過陽電子像である。Mott散乱理論では電子と陽電子の透過率に差はないという結論であるが,予想に反して陽電子のコントラストの方が高くなっている。また,回折像の取得にも成功した。今後,本装置を用いて,陽電子と電子の透過顕微鏡像の差を明らかにしていく予定である。
図2世界初の透過陽電子像
図1 透過型陽電子顕微鏡