◆医療・生命◆ シート状にした NO センサー細胞による生理生態の2次元的可視化

一酸化窒素(NO)は神経細胞や血管内皮細胞で産生される生体分子である。また、NO は細胞外へも放出され、隣接する標的の細胞へ作用する細胞間伝達物質としても働いている。細胞外へ放出された NOは、標的細胞の sGC 酵素を活性化し、伝達物質の cGMP を産生させる。そこで、細胞に cGMP を可視化する遺伝子コード型の蛍光プローブ分子を発現させることで、cGMP を介した NO の可視化が可能な生きたセンサー細胞が開発された。このセンサー細胞を単層状のシート状に培養し、海馬神経細胞や血管内皮細胞から抽出された NO の可視化を超高感度に達成できた。

H1024】  細胞から放出される一酸化窒素を超高感度に可視化する新しいバイオセンサーの開発

(東大院理1・JST−さきがけ2)○中嶋隆浩1・後藤真理子1・佐藤守俊1,2・梅澤喜夫1
[連絡者:梅澤喜夫,電話:03-5841-4351]

 一酸化窒素(NO)は,神経細胞や血管の内皮細胞で産生,放出される重要な生体分子である.当研究室は,細胞内のNO産生を超高感度に検出する遺伝子コード型蛍光プローブ分子(NOA)を報告した1).しかしNOは産生細胞内だけでなく,隣接する標的の細胞へ作用を示す細胞間の伝達物質としても働いている.本研究では,細胞外に放出したNOを,産生細胞に隣接した位置において,十数 mmの空間分解能,10-11Mオーダーの検出限界で,可逆的に検出する方法をつくった.この目的には,以下のような特別なアプローチが必要である.生体系において細胞が放出したNOは,標的細胞の可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)という酵素を活性化し,セカンドメッセンジャーであるサイクリックGMP(cGMP)を産生させる.そこで,sGCを持つ細胞にcGMPを可視化する遺伝子コード型蛍光プローブ分子(CGY)を安定発現させることにより,NOをcGMPを介して,蛍光プローブ分子CGYによって光信号として検出する細胞(センサー細胞)をつくった.NO産生細胞の近くにこのセンサー細胞を置くことで,細胞が放出するNOを検出することができる.さらに,このセンサーは生きている細胞であるので,培養し増殖させることで簡単に単層状のシートをつくることができる.このシートをNO産生細胞の上に置くことで,細胞が放出したNOの二次元的な広がりを可視化することができる.シート上のセンサー細胞1つ1つが,CCDカメラの1ピクセルを思い起こさせることから,このセンサー細胞をPiccellと名付けた.

 Piccellは,sGCの持つ分子認識能によってNOを特異的に検出することができ,大量のcGMP産生を媒介することにより,数十 pico MのNOを検出できる超高感度のバイオセンサーであることがわかった.また,細胞内で産生されたcGMPは分解酵素により速やかに分解されるため,
Piccellは可逆的応答性を持つことがわかった.Piccellを用いて,海馬神経細胞が生理的条件下で100 pico M程度のNOを自発的かつ周期的に放出していることを初めて見い出した.拡散性の細胞間伝達物質として働くNOが,産生場所からどの程度の範囲に届き作用を示すのかを知ることは重要である.Piccellを単層状に培養したPiccell sheetを用い,生理的刺激によって血管内皮細胞が放出したNOの拡散する範囲を可視化して明らかにした.

1) M. Sato, N. Hida, Y. Umezawa, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 102, 14515 (2005).