◆生活文化・  地球環境情報のタイムカプセルである鍾乳石から秋吉台の植生変化を探る
 エネルギー◆ 

 鍾乳石は炭酸カルシウムを主成分とした炭酸塩堆積物であり,結晶成長速度が比較的遅いため,1 cmの厚みの中に200〜500年にわたる過去の地球環境情報を蓄積したタイムカプセルと言える。また鍾乳石の断面に紫外線を照射すると1年の成長幅に相当する縞状の蛍光を発し,この縞の数を数えることで絶対年代の計測が可能となる。山口県秋吉台から採取した鍾乳石の炭素同位体比(13C/12C)を測定したところ,この地域は元来森林地域であったが,350〜400年前に人為的な山焼きが始められ,現在の草原地域へと植生が変化したことが示された。

C1009】           鍾乳石から秋吉台の植生を読む

(九大院理・秋吉台科学博物館1)○栗崎弘輔・中村久1・吉村和久
[連絡者:吉村和久,電話:092-726-4743]

 過去の地球環境の変遷を知ることは地球の未来を予測する上で非常に重要な手がかりを与える。陸域に存在する縞状炭酸塩堆積物は試料の絶対年代が比較的容易に測定可能であるため、過去の環境情報を復元するのに適している。この炭酸塩堆積物の一つである鍾乳石は成長速度が遅いため、1 cmの厚みの中に200 〜 500年の情報を蓄積している。洞窟内に成長する石筍の中には高さが数mに及ぶものもあり、長期間にわたる古環境情報を保存する記録媒体と言うことができる。
 本報告で使用した試料は山口県秋吉台から採取した。秋吉台は日本有数の草原カルストであり、牧草などを得るため人為的な“山焼き”が毎年継続して行われてきたため、このような地形になったと考えられている。しかしながら古文書もなく情報がないため、この“山焼き”がいつ頃始まったか明らかではない。秋吉台における人と自然の関わり合いを考古学的に調査する上でも、これらの人為的活動が始まった時期について興味が持たれている。
 鍾乳石は炭酸カルシウムを主成分とし、その炭素同位体比(13C/12C)は地上の植生(草原かあるいは森であるか)を反映する。したがって鍾乳石の炭素同位体比から長期間にわたる植生の変遷を読み出すことができる。その際に重要なのが試料の絶対年代決定である。鍾乳石の断面に紫外線を当てると縞状の蛍光を発し、それぞれの縞は1年の成長幅に相当する。そのため表面からの縞の枚数を数えることによって、鍾乳石が何年前に沈殿したのか計数可能である。この方法で年代を決め、炭素同位体比を測定することで、過去数千年にわたる植生の変遷がわかる。“山焼き”が行われない場合、秋吉台は森に覆われる。そのため森林地域から草原地域に変わった時期が、秋吉台で“山焼き”が行われ始めた時代と知ることができる。土壌中の二酸化炭素の13C/12C比は草原地域の方が森林地域よりも大きい。鍾乳石中の炭素同位体比も同様の傾向が見られた。さらに草原地域から得られた鍾乳石を調べた結果、表面から深さ8 mmの位置で炭素同位体比は草原地域から森林地域の値へと大きく変化した。この位置は今からおおよそ350〜400年前に相当する。その年代より前は森林地域の値であったことから、この“山焼き”が350〜400年前に始められ、その後継続的に行われてきたことがわかった。
 このように古文書などによる歴史的な情報のない場所・時代でも、地下に鍾乳石があれば、その地域の植生の変遷を明らかにすることが可能である。さらに鍾乳石には当時の気温や大気汚染状況なども記録されており、地域の環境変遷を調べるツールとして炭酸塩堆積物がさらなる情報をもたらしてくれるものと期待される。