◆生活文化・  放射性元素のウランはホウレンソウ中にどのような形態で含まれるか
 エネルギー◆ 

 ウランは放射性元素であるが,通常環境中の濃度は低く,健康に影響はない。しかし,原子炉の事故などにより環境中に大量に放出された場合,食物を通して人間の体内に取り込まれて問題となる可能性がある。この時,食物中にどのような形態で存在するかにより,人体への取り込まれ方も異なる。本研究では,試料にホウレンソウを選び,ウランがどのような化学形態で含まれるかを分析した。葉中の水溶性ウランの半分は高分子量の有機物に結合しているが,食塩水で抽出すると高分子量成分から離れて低分子量分画に入ることがわかった。

P3072】           ホウレンソウ中ウランの化学形態別分析

(原研・農環研1)○渡部陽子・桑原潤・山口紀子1
[連絡者:渡部陽子, 電話:029-282-5201]

 ウランは地殻中に広く分布し,微量ながらほとんどの物質に含まれている。食物においても例外ではなく,人間も日常的に極微量のウランを摂取しているが,大部分が尿中に排泄されるため健康に害を与えることはほとんどない。しかし,事故などで多量のウランが環境中に放出された場合には問題となり得る。人間に対する放射性物質の影響を考える際,体内に取り込まれるまでの一連の経路について明らかにする必要がある。現在,環境での放射性物質の移行や循環挙動等を明らかにするため,大気浮遊塵,土壌,陸水,海水等の放射性物質分析や,それらの化学形態分析に関する研究が盛んに進められている。しかしながら,植物中の放射性物質の化学形態に関する知見はほとんど見当たらない。特に,農作物は人間が直接摂取する植物として重要である。その中に含まれる放射性物質の人体への吸収されやすさは,農作物中の化学形態とその消化器内での安定性に依存する。従って,本研究では農作物中ウランの化学形態に関する知見を得ることを目的とし,まずホウレンソウを試料として用い実験を行った。
 試料を葉部と茎部に分け凍結,粉砕した後,食塩水,酢酸緩衝溶液,希塩酸,エタノールの4種の溶液で浸すことにより,ホウレンソウ中の水溶性ウランを抽出した。また,凍結試料を解凍することによって得られる汁液も抽出溶液と同様に分析した。抽出溶液及び汁液中の分子量分布はサイズ排除クロマトグラフィーにより,ウラン(U-238)濃度は誘導結合プラズマ質量分析計により測定した。
 各抽出溶液中ウランの濃度比から,葉中ウランの有機態寄与率は茎部と比べ高いことが示唆された。汁液と食塩水抽出溶液中には分子量10万以上の高分子量成分が存在し,葉部でより多く抽出された。そこで,葉部の汁液及び食塩水抽出溶液を限外ろ過法により分子量3万以下の成分を回収し,ウラン濃度を測定した。汁液では,約半分のウランが分子量3万以上の成分として存在することが分かった。一方,食塩水抽出溶液では,ほとんど全てのウランが分子量3万以下の成分として存在していた。これは,高濃度のナトリウムイオンによりウランが高分子量成分から脱離したためであると推測した。以上より、ホウレンソウ中水溶性ウランの一部は有機態として存在し,高分子量成分に結合しているが,ウランと高分子量成分との結合力は比較的弱いことが明らかになった。