◆生活文化・
 エネルギー◆ 化石中の右手型アミノ酸の割合から数千年間の平均気温がわかる

 タンパク質を構成するアミノ酸は左手型(L型)に限られる。化石にもアミノ酸が含まれるが,それらは生きていた時はほとんど左手型だが,死後に徐々に右手型(D型)の割合が増えていく。本研究ではこの変化の割合が温度に依存することに注目した。そして,年代のわかった化石中のアミノ酸の右手型のものと左手型のものの割合(D/L比)を調べることにより,その化石が存在してきた環境の平均気温を算出することを試みた。北海道や名古屋で採取された貝の化石を分析したところ,各種データと比較しても妥当な平均気温の値が得られた。

【P2049】      化石中アミノ酸のラセミ化の度合いから推定する古環境温度

(阪府大院工)○安部 巌・大森寛子・中原武利 
[連絡者:安部 巌、電話、072-252-1161(内線2301)]

 生命体の主要構築成分であるタンパク質は、約20種類のアミノ酸の重合体である。タンパク質は、骨や貝殻にも含まれ、生物が生命活動を維持する限り、アミノ酸はグリシンを除きすべてL型の立体配置を保つが、生命活動を終了して新陳代謝が途絶えると、少しづつD型へとラセミ化する。ラセミ化速度は極めてゆっくりとしており、化石に残存したアミノ酸のD/L比率から経過年代が測定できる。しかしながら、ラセミ化は化学反応の一種であり、その速度は周囲の温度に大きく依存する。より正確な年代を求めるには、同一地域で採取され、他の方法で年代が測定済みの別の化石を標準試料として必要とする。したがって、本法は、年代測定の補助的利用に留まるケースが多かったと言える。

本研究では、ラセミ化が温度依存性である点に着目し、アレニウス式に基づくラセミ化速度定数と温度の関係式から古環境温度推定への応用を試みた。放射性炭素法により年代の定まった化石試料を90℃から190℃まで約10段階に分けて一定時間加熱し、人為的にラセミ化を促進させる。加熱後の化石は、いくつかの処理段階を経た後、アスパラギン酸のD/L比率を求めることにより各温度でのラセミ化速度定数を算出した。この速度定数と温度の関係をグラフに描いた後、もとの非加熱化石から得たラセミ化速度定数との交点より現在までの平均気温を読みとることができる。これより、名古屋市大曲輪遺跡より発掘された巻貝化石(放射性炭素年代:5,100±20年 B.P.)では平均気温15.0±0.2℃、また北海道美沢川流域(苫小牧市)で採取された二枚貝化石(放射性炭素年代:5,700±100年 B.P.)では9.5±0.3℃の結果を得た。これらの平均気温は、各種データと比較しても妥当な値と考えられる。古環境温度を科学的根拠に基づいて測定する方法は少なく、今後の発展が期待される。