【1A24】 シリア古代パルミラ人と高フッ素症
(九大院理・九大院比文1・奈良橿原考古学研2)○吉村和久・中橋孝博1・進野 勇1・西藤清秀2
[連絡者:吉村和久,E-mail:kazz@chem.rc.kyushu-u.ac.jp]
フッ化物イオン濃度が高い飲料水を常用する場合、子供には重症の歯牙フッ素症(歯に縞模様の白濁を生じ,程度が進むと着色し,また欠損し,重いものは歯の先端が崩れる歯科疾患)、大人になると骨フッ素症(骨肉種、関節炎、腰部骨折)が発症する。食物からの摂取量とも関連するが、一般にフッ化物イオン含量が1.5 ppm (mg/L)以上の水では斑状歯が発症しやすいといわれており、水道水中のフッ素濃度の上限は、日本では0.8 ppm、米国で1.0 ppm、中国で0.5 ppmに制限されている。
1990年より奈良県立橿原考古学研究所が中心になってシリアのシルクロード最西端のオアシス都市パルミラにおいて発掘調査を行ってきた。地下墳墓から見出された多数の人骨と歯には、高フッ素症の兆候が認められた。冬季に地中海からの水蒸気がレバノン山脈に雨をもたらし、それが地下水となってパルミラで湧出しオアシスをつくる。乾燥地域であるパルミラでは、地下水から水分の蒸発が激しく、地下水中の溶存成分が濃縮される。その過程でフッ化物イオン高濃度の地下水水質が形成されることが予想された。パルミラ地域のカナートと、湧泉、浅井戸,深井戸あわせて13の天然水試料について分析を行ったところ、この地域に石灰岩が分布するために、カルシウムイオン濃度が高かった。また、フッ化物イオン濃度は0.3〜3.0 ppmであった。図1に濃縮が起こっても沈殿しにくい塩化物イオン濃度とフッ化物イオン濃度の関係を示した。塩化物イオン濃度が高くなっても、フッ化物イオン濃度はほぼ一定に保たれていることがわかる。その他の溶存成分濃度も含めて平衡解析を行ったところ、この地域の水はいくら蒸発濃縮させても、最終的にはホタル石(CaF2)が沈殿してその濃度が制御され、フッ化物イオン濃度は3.0 ppmを超えることはないことが明らかになった。パルミラが乾燥地域であった期間においては、天然水がこのような化学的な制御を受けることは今も昔も変わらない。したがって、今から約二千年前においても、古代パルミラの人たちは3.0 ppmを超えることはないが、高フッ素症が発症するようなフッ素高濃度の水を飲用としていたものと推定される。
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