◆医療・生命◆   脳機能を解明する高感度な脳内物質の生体計測

 脳の機能を解明するためには,動物が生きたままの状態で種々の脳内生理活性物質がどのように働いているのかを調べる必要がある。しかし,脳内のこれらの物質は極めて少ない量であるため,これまでの方法では測定することができなかった。本研究では,脳機能に重要な役割を果たしているセロトニンなどの脳内生理活性物質を高感度に測定する方法を開発した。この方法は,うつ病などの治療薬の効き目に関係する脳内物質と,それが働くための受容体の仕組みの解明や,うつ病やアルツハイマー病などの精神疾患の新しい治療薬の開発に役立つことが期待される。

       微小透析・HPLC蛍光法によるラット脳セロトニンのインビボ計測;
      5HT1Aオートレセプターとガラニンレセプターの関係解明

(福岡大薬・カロリンスカ研)○山口政俊・吉武 尚・吉武志真子・S. O. Ogren・J. Kehr
                [連絡者:山口政俊, 電話:092-871-6631(6618)]


  最近,種々のストレスの増加や高齢化現象に伴い,うつ病,不安症,老年期痴呆症及びアルツハイマー病など多くの精神神経疾患が,若い人からお年寄りまで,また家庭や職場などにおいても深刻な問題となっている.これらの疾患には,特に,セロトニン(5HT:生理活性モノアミンの一種)及び5HT受容体が大きく関わり合っており,疾患に対する治療薬の開発には脳内5HT量及び5HT受容体の働きを究明することが重要である.この受容体は,5HT1A など様々なタイプがあり,5HT同様脳内のいろいろなエリアに存在し,その数や生理的役割はタイプにより異なっている.現在では,これら受容体の性格の違いに基づく種々のうつ病の治療薬が開発されている.例えば,受容体への5HTの再取込みを選択的に阻害する薬剤(SSRI)が新たな抗うつ薬として開発されている.しかし,精神神経疾患には,生理活性モノアミン及びその受容体以外にもいろいろな生理活性物質が複雑に関与している.
  我々は,モノアミン以外の生理活性物質としてガラニン(神経ペプチドの一種)に注目している.このガラニン及びガラニン受容体は,アルツハイマー病患者に多く存在し,動物実験などから記憶への関与が明らかになってきている.また,ガラニン及びガラニン受容体は,アルツハイマー病以外の精神神経疾患に重要な脳内エリアも数多く存在し,脳機能に重要な役割を果たしていると思われる.今回,背側縫線核の細胞体ガラニン受容体と5HT1Aの関係について実験を試みた.これらの脳機能解明には動物が生きたままの状態(インビボ)で,5HT量を測定(動態解析)することが必要である.しかしながら脳内5HT量は極微量であるため従来法では計測不可能であった.この動態解析に有効な微小透析HPLC蛍光検出法によるラット脳5HTの高感度インビボ測定法を開発し、上記の実験を種々試みた.
  その結果,背側縫線核のガラニン受容体と5HT1Aの間に強い相互作用があることが証明され, ガラニン受容体(及びガラニン)もストレス,うつ病との関連が示唆された.さらに,その相互作用により,うつ病の治療薬(抗うつ薬)の効果が弱くなったり,治療効果の発現が遅れる一因になることが示された.今後,従来の薬物とは全く異なった概念に基づくガラニン拮抗薬などの開発により,うつ病などの精神神経疾患の治療に大きく貢献するものと思われる.