◆医療・生命◆  がんの早期発見―質量分析計を用いた
         新たな腫瘍マーカーの検索
 腫瘍マーカーは,がんの早期診断や治療効果の判定に用いることができる。しかし,従来の免疫化学的同定法での検索は限界があると考えられることから,がん細胞が実際に発現しているタンパク質を網羅的に分析する方法で行った。ゲル電気泳動法では解析の難しいペプチド性のマーカーを,マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析計を用いて分析した。そして難治がんである膵がんの特異的なマーカーを検索した。38の膵臓がん細胞株の培養液から,幾つかの株のみに共通するピークを見いだし,又,別の質量分析法を駆使してその妥当性を検討している。
【3P1−68】  質量分析計を用いた培養上清中に含まれるペプチドの分析

  (国立がんセンター研究所・細胞増殖因子研究部)○佐藤香枝・佐々木一樹・山口 建
  [連絡者:佐藤香枝 kaesato@pop21.odn.ne.jp]
 日本人の死因の第一位はがんであり、3人に1人はがんでなくなっていると言われています。がんの治療法も進歩して今は治る病気になりつつありますが、完治には早期発見が大切であり、早期がんを簡便に診断できる方法の開発が望まれています。私たちはこのような背景から、がんになると患者体内に特異的に増えてくる物質、すなわち腫瘍マーカーの探索を行っています。腫瘍マーカーの分析は、小さな病院でも行うことが可能であり、患者の身体的負担も少なく、また必要な試薬もキット化されるので、気軽に健康診断に取り入れることが可能です。さらに腫瘍マーカーは早期診断だけでなく、治療効果の判定などに広く用いられています。
 従来それら腫瘍マーカーを探索する手法としては、免疫生化学的同定法と呼ばれる方法が一般的でしたが、この方法は多くの時間とお金がかかるうえ、最近ではこの方法での探索は限界に来ていると考えられます。一方、最近ポストゲノム研究として、病態プロテオミクスと呼ばれるアプローチ、すなわち実際に発現しているタンパク質を一斉に網羅的に分析し、そこから疾患のマーカータンパク質を探索する研究に注目が集まりつつあります。私たちは、免疫生化学的同定法で見出すことの出来なかった新たな腫瘍マーカーの開発を目指して、ペプチドの網羅的解析から腫瘍マーカーの探索を行っています。本研究では、特異的なマーカーがなく難治がんである膵がんを対象にし、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析計(MALDI-TOF-MS)を用いて、がん細胞培養上清中に存在するペプチドの分析を試みました。
 これまでに38の膵がん細胞株について解析し、他の培養細胞との比較を行ったところ膵がん細胞の数株にのみ共通して現れるピークを見いだしました。現在タンデム型の質量分析計を用いてこの物質の同定を行うとともに、LC-イオントラップ型質量分析計を用いた探索も行っています。
 本法は新規マーカー物質の探索、特にゲル電気泳動法では解析が難しいペプチド性マーカーの探索に有効であると思われます。これまでペプチド性の腫瘍マーカーは当研究部で開発された肺小細胞がんのマーカーであるproGRP以外には実用化されておりませんが、網羅的解析により新たに有用なマーカーを見いだすことも可能であると考えています。