◆医療・生命◆    腸内細菌を10分間で識別する
 食品や飲料水中の赤痢菌,腸チフス菌及び食中毒の原因菌などの細菌の検査は,従来,煩雑な前処理を必要とし,半日程度を要していた。これらの細菌を迅速に識別・分析する手法としてレーザー脱離イオン化質量分析法(MALDI-MS)の利用を試みた。前処理をせずに,細菌試料を試料プレート上に直接塗布し,マトリックス試薬溶液を滴下した後,MALDI-MSの測定を行った。得られたスペクトルから種類の異なる4種類の腸内細菌の識別ができた。この分析に要する時間は,約10分であり,実用的な細菌識別法として食品分野等への利用が期待できる。
【3D07】   マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法による腸内細菌の迅速識別

(名大院工・コロラド鉱山大学1) 
○石田康行・Angelo Madonna1, Jon Rees1, Mohammed Meetani1, K. J. Voorhees1
[連絡者:石田康行、電話:052-789-4666、e-mail:yuki@apchem.nagoya-u.ac.jp]
 大腸菌やサルモネラ菌に代表される腸内細菌群は、人や動物の腸内に宿生しているバクテリアの総称であり、それらの細菌の一部は赤痢、腸チフスや食中毒などの感染症を引き起こすことが知られている。こうした病原菌の多くは食料品や飲料水を感染源として人や動物の腸内に取り込まれることから、感染を未然に防いだり、感染者に対して最適な治療方法を決定したりするためには、細菌によって汚染された食品や飲料水中のバクテリアを早期に検出し、その種類を決定することが重要である。しかしながら、現在、細菌種の決定に用いられている方法の多くでは、少なくとも半日を要する煩雑な試料前処理が必要であるため、バクテリアの同定を迅速かつ簡便に行うことのできる実用的な手法を開発することが望まれている。そこで本研究では、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法(MALDI-MS)により、腸内細菌として知られる細菌群の迅速識別法を開発することを試みた。
 ここでは試料調製法として、図に示したように、培地から金属ループを用いて採取した細菌試料を、MALDI-MSの試料プレート上に直接塗布する極めて簡便な方法を採用した。その後、試料成分のイオン化に作用するマトリックス試薬(2,5-ジヒドロキシ安息香酸)溶液を細菌試料上に滴下し、溶媒を乾燥除去してからN2レーザーを備えた飛行時間型質量分析計を用いてMALDI-MS測定を行った。その結果得られた大腸菌のスペクトル上には、細菌の細胞膜を構成する各種のリン脂質に由来するピーク群がはっきりと観測された。さらに、それらのリン脂質類の相対ピーク強度から、種類の異なる4種類の腸内細菌を明瞭に識別することができた。このようにMALDI-MS法では、煩雑な試料前処理を行うことなく、わずか10分程度の短時間で細菌種を区別することが可能であり、今後、医学、環境科学や食品科学などの諸分野において、本法が実用的なバクテリア識別法として利用されることが期待される。