◆生活文化・エネルギー◆
       毛髪1本からヒ素摂取履歴とヒ素代謝が詳しく分かる
 ヒ素中毒は,和歌山のカレー事件だけでなく,医学的視点からも世界的に深刻な問題となっている。放射光蛍光X線を用いたヒ素及び亜鉛,銅といった微量元素の超高感度分析により,患者の毛髪1本から,ヒ素の摂取履歴が見えてくる。更に,X線の吸収スペクトル解析により,毛髪中のヒ素の状態まで分かる。大量のヒ素(3価)を急性摂取すると,5価にまで代謝されないまま,3価の状態で毛髪に蓄積する様子が著者らにより明らかにされた。放射光分析が科学捜査や医学の領域でまたその威力を発揮することが期待される。
【1P1−35】  放射光蛍光X線を用いたヒ素中毒患者生検試料の状態分析

(東理大・理,旭川医大*,聖マリ医大**・予防医?)○寺田靖子*・荒井輝子・中井 泉・吉田貴彦**
山内 博? *現所属:JASRI, SPring-8 [連絡者:寺田靖子,電話:0791-58-0802 ex. 3474]
 ヒ素中毒のうち慢性中毒はヒ素を高濃度で含む井戸水を飲用することにより、中国内モンゴル地方やインドの西ベンガル地方などにおいて、数十万人規模で発生し、現在深刻な問題となっている。一方急性中毒は、和歌山のヒ素混入カレー事件が発生し大きな社会問題となった。このようなヒ素中毒の機構解明に対し、微少量の生検試料に含まれる極微量のヒ素の分析が必要とされるが従来法では困難であった。そこで我々は毛髪や皮膚の生検試料に対して放射光蛍光X線分析を適用し、本法が生体内微量ヒ素の分析に極めて有用であることを見出した。例えば、毛髪1本の伸長方向の分析から、ヒ素をはじめとする亜鉛や銅などの微量元素の蓄積状況の時間変化や生体内挙動を知ることができ、中毒患者のヒ素の摂取履歴も知ることができた。また、毛髪断面のイメージングからヒ素や銅などの元素は毛髪周縁部に存在することが明らかになった。このような知見はヒ素中毒の機構解明の第一歩として有用であるが、ヒ素の生体に及ぼす影響については依然として不明な点も多い。そこで今回は毛髪などの生検試料に対し、X線吸収スペクトルを測定することによりヒ素の状態分析を試み、ヒ素がどのような化学形態で蓄積されているか明らかにすることを試みた。
 試料は、GaAs半導体工場の作業従事者と和歌山の急性ヒ素中毒患者から採取した毛髪であり、両者の毛髪のAs K-XANESスペクトルを放射光を使って測定したところ、毛髪中のヒ素はいずれも3価のヒ素に近いことがわかった。工場作業者の場合は外部付着によるものである。慢性中毒患者の場合は、体内に摂取された無機ヒ素が代謝され5価の有機ヒ素に変化して毛髪に蓄積されると考えられるが、今回の急性患者の結果では5価の有機ヒ素の存在は確認されなかった。スペクトルはAs2S3に近い形状を示すことから、大量のヒ素を急性摂取したため、通常の代謝を完結することができないままヒ素が毛髪に排出された結果、3価的なヒ素が毛髪に硫黄と結びついて蓄積したものと考えられる。