福島県内の放射性物質による土壌汚染の実態

-福島土壌汚染計測プロジェクト報告-
(武蔵大学人文学部) 藥袋 佳孝

 福島第一原子力発電所の事故による放射性物質の放出は私たちの生活や社会に大きな影響を与えています。特に,事故サイトに比較的近い福島県太平洋岸を中心とした地域は放射性物質による環境汚染の度合いが著しいとされ,汚染状況の具体的な把握は急務とされてきました。

 多くの研究者は,大震災・津波・原子力発電所事故と続く災厄からの復興に自らの知識や技術を役立てることこそが,一市民としての社会への貢献であると直感しました。特殊な技能を有する市民としての非常事態での義務と捉えた方もいらっしゃるでしょう。しかし,一研究者や研究グループの個別の活動には量的な限界があり,社会が求めるモニタリングのニーズとは縁遠いものとなる可能性があります。また,研究グループごとに,対象とする試料,研究手法,データの取り扱い方,学術的興味の方向性などに大きな違いがあります。学術振興の上ではこうした多様性は重要であり,むしろ大切にしなければなりません。しかし,福島県東部を中心とした地域の環境モニタリングという社会からの緊急ニーズに応えるとなると,単発で断片的かつ非効率的なものとなる可能性が懸念されました。関連する複数の分野の多数の研究者が参画し,共通の目的・方法の元で短期間の内に信頼性の高いデータを公表することが求められたのです。「福島土壌汚染計測プロジェクト」はこうした理念の元に試案が企画され,文部科学省の事業として実行に移されて行きました。

 プロジェクト企画の発端は核物理分野の研究グループが中心でした。放射性ヨウ素や放射性セシウムなどのγ線放出核種による住民の外部被曝リスクを評価するために土壌の汚染状況を細かくモニタリングすることが骨子でした。放射線計測などの実験技術が共通する放射化学,対象試料の取り扱いに精通し類似した研究プログラムを提案していた地球化学,データ信頼性や方法論に関する基礎論を扱う分析化学などに関連した化学系学会・コミュニティも,この動きを協力・支援して行くこととなりました。

 土壌試料サンプリングは6月から7月に実施されました。主な対象地域は福島県の東部・中部,表層土壌をサンプリング対象とし,サンプリング密度は原則2 kmメッシュで,サンプリング手法・用具は全て共通です。測定は全国の大学などの研究機関と日本分析センターで実施されました。測定データの信頼性については特に注意が払われました。分析手法とデータなどは8月30日に文部科学省ホームページに公開されました。

 講演ではこのプロジェクトの概略を公開資料に基づいて紹介します。背景となっている放射性物質の環境挙動や人体影響に関する基礎,分析手法などについても触れる予定です。