放射性物質モニタリングの取り組みと現況

首都大学東京大学院理工学研究科
海老原充

 本年3月11日に北関東から東北地方の太平洋岸をおそったマグニチュード9.0の地震とそれに伴って押し寄せた巨大津波によって多くの人命が失われた。これらの直接的な被害に加えて、これに匹敵するか、あるいはそれ以上の深刻な被害が東京電力福島第一原子力発電所の事故により引き起こされた。この事故によって原子炉を正常に制御することができなくなり、その結果、原子炉のメルトダウンがおこり、原子炉建屋内での水素爆発に伴って、大量の放射性物質が大気中に放出された。この放射性物質は原子力発電所周辺ばかりでなく、風に乗ってかなり広い範囲に拡散され、農産物、飲料水が放射性核種で汚染されることになった。そうした放射性核種を含む物質による被害を最小限におさえるためには、これら放射性物質が原子炉施設周辺ばかりでなく、それを取り巻くかなり広い範囲でどのように分布しているかを知ることが急務である。

 日本地球化学会は事故発生後すぐに事態の深刻さを考え、学会のホームページ、及び会員宛の電子メールニュースによって、放射性物質の拡散状況の把握のための活動に対して協力要請を会員に訴えた。その結果、数十名の会員から放射性核種の測定協力の申し出があった。より組織的に、また、試料採取も視野に入れた活動を展開すべく、日本地球惑星化学連合の大気海洋部門、日本放射化学会と協力しながら、文部科学省に対して、緊急災害に関する特別研究促進費の申請を3月31日に行った。この申請書では、大気エアロゾル、雨水、土壌、地下水をできるだけ組織的に採取し、測定もできるだけ正確に行うことを予定した。さらに、試料の採取を福島原子力発電所周辺だけでなく、日本列島全域で行うこととした。そうこうするうちに、福島県とその周辺の一部地域を対象に、できるだけ系統的に放射性物質を採取し、正確に放射性核種濃度を求めようとのプロジェクトが核物理研究者グループとの間で話し合われた。紆余曲折の末、最終的に戦略推進費による支援を受けることになり、文部科学省を中心として放射性核種の分布マップを作成するプロジェクトが組まれた。プロジェクトは6月初めに正式にスタートし、約3ヶ月の短期間で放射性核種の分布に関する詳細なマップが作成されることになっている。

 本講演では、以上述べた放射性物質の分布状況の把握に向けて取り組んできた日本地球化学会を中心とした活動について紹介し、その中で得られた具体的データのいくつかを紹介する。上で述べた文部科学省を中心に現在進められている放射性核種分布マップ作成プロジェクトについては現在試料採取をほぼ終了し,放射性核種の分析を鋭意実施中である。そのため、その具体的成果はまだ公表する段階にはないが、その概要を紹介するとともに、今後の見通しについても言及する予定である。