PITTCON2000に見る分析機器/企業最新動向

2000.3.20
日本分析機器工業会
技術委員長 久本 泰秀(日立)
Email:hisamo@msn.com

1.はじめに
1997、98、99、2000年と4年続けてPITTCONを調査する機会を得、この展示会を表面的に見ただけでは気付かなかった色々なことが分かってきましたので、まとめてみました。 PITTCONは、50年前に、ピッツバーグカンファレンスとして誕生して、10年前位から通称のPITTCONを正式名称にしています。 主に分析機器、計測機器及びその周辺機器の展示会と化学会、分析化学会が併催されており、日本の分析機器展の5倍の規模があります。 毎年1200社以上の出展があり、大学との関係が深いベンチャー企業の出展も多いユニークな巨大展示会となっています。

2.51周年目を迎えたPITTCON2000の概要
(1) 日時、期間:1999.3.13-17 (5日間)
場所:米国ミズーリ州ニューオーリンズ市コンベンションセンター
(2) 登録者:例年3万人弱でここ5年横ばい状況。出展関係者の登録が50%強ある。
(3) 出展社数:約1200社 (内1000社強が所謂ベンチャー企業、約100社新規展示)
(4) 推定総予算:6M$/2000年
(5) 学会シンポジウム(Previous Symposia)におけるその年のテーマ:
   X線回折/2000, AES/99,Immunoassay/98,Laser in Chemistry/97,ISE/96,HPLC/95
(6) 学会発表:招待講演250件、応募1750件
(7) 展示会/学会参加費:60ドル(プログラム、予稿集、ミキサー、等費用含む)(但し当日参加は120ドル)
(8) PITTCON2001の予告:2001.3.4-9 ニューオーリンズ市コンベンションセンター
 ・2001はNISTの100周年とのことなので、標準に関連した特別企画を考えているとのことです。勿論これだけではありません。

3.PITTCON2000特記事項
 PITTCONは、いわゆる展示会と学会以外に、色々な企画やバックアップ体制があり、上手く利用すれば有益な情報収集ができます。ここでは特記事項としてご紹介してみたいと思います。

3−1 ACS(米国化学会)朝食会について
毎年、ACSはPITTCONの期間中に企業のトップを招いて講演会を行っています。今年は、3月14日朝8時から、Centcom社がスポンサーになり、PE社長、島津アメリカ副社長、コンサルタント会社社長による「分析機器の将来動向」をテーマに、会場の近くのヒルトンホテルで開催されました。 事前登録した400人位のACS会員が用意された朝食を取った後に、この講演を聴講しました。われわれは、JAIMAとして2度目の招待を受けて参加させてもらいましたが、今年は特に将来への企業の取り組みが参考になりましたので、内容を別にまとめます。

3−2 メディアセンターについて
メディアへのPRは、PITTCONの大きな課題ともなっており、3階のかなり広い部屋をメディアセンターとして記者に開放しています。 メディアとして登録した記者は、この部屋で各社のニュースリリース資料を収集したり、情報交換をしたり、また5台のパソコン、電話、FAXを無料で利用できます。 勿論軽食、飲み物も自由に取れます。その他3部屋では3日目まで、出展会社の説明会が30分から90分の枠で朝7時30分からスケジュールが組まれています。 各社は、部屋代は無料ですが、資料だけではなく、飲食やお土産を用意して記者を待ちます。やはり、アジレント、サーモG、PE等の大手には100名以上も集まっていました。 日本からは、堀場と京都電子が記者発表をしていました。ニュースリリース用資料には、日立、JEOL、日本分光等JAIMA会員の名前もありました。

3−3 CAMP PITTCONについて
米国では、若い内の教育が最も大切なことであると認識されており、PITTCONでも4歳から14歳までの子供を対象にCAMP PITTCONと言う場を提供しています。 低年齢の子供には託児所的な性格もありますが、小学校、中学校の生徒には、遊ばせながら技術に興味を持たせるため、化学の実験案等をピッツバーグ界隈の大学教授OBなどが中心になって考えているとのことでした。 数100人の生徒たちが、お揃いのTシャツを貰って、楽しそうにユニークな教材を駆使した授業を受けていました。

3−4 IBC(国際ビジネスセンター)について
PITTCONの登録者は、半分以上が出展社関連でので、PITTCON側が力をいれていることに、企業間同士の協力関係の推進があります。 IBC(国際ビジネスセンター)と言う部屋には、日本語や中国語のできるボランテイアも配置して、米国中小企業と海外デイラーなどの仲人役を務めようとしています。 米国商務省の中小企業振興担当者は、PITTCON会期中、自発的にIBCに常駐して、展示各社を回って、いわばビジネスプロモーションお手伝いの御用聞きをしているのを見聞きして驚かされました。 またIBCには、仲人掲示板とも言えるパネルがあり、例えば南米への自社製品の販売をしてくれる方はおりませんかとか、数100の名刺とメモが貼り付けてあり、いつもそれらを熱心に見ている人がいました。 とにかく出会いの場を提供することが最も大切であるとの認識です。

3−5 UMIXについて
User Manufacturer Information Exchanges == A Forum for the Exchange of Ideas:メーカー、ユーザーの忌憚のない意見交換の場を提供しようとして企画されたものです。 展示会前日の3月12日(日)の午後に下記の3テーマが話題提供され同時進行しました。
・LIMS:New Technologies and User Expectancies:Beckman-Coulter, PE- informatics等が話題提供しました。ラボ革命の中心になるLIMSのコンセプトについて討論されました。
・New Column Technology for Size Separation of Synthetic and Biopolymer :DuPont、HP、昭和電工等が話題提供しました。日本からの招待はめずらしいケースのようです。基本的に大きな市場であり、参加者が多かったようです。
・Laboratory Electric Nose==Mass Spectrometer or Sensory Array:人間の鼻に変わるのは、MS技術かアレーセンサか、とのことで、将来の市場を示唆しています。

3−6 MIXERについて
展示会前日の3月12日18時からポスター会場内でビールとサンドイッチ、ポテトチップ等の軽食を無料でサービスして、前日の出会いの場を提供しています。 ビールを飲みながら数100のポスターを見たり、議論したり、延べにすれば1000人近い方々が集まっていたのではないでしょうか。我々も日本から来られた某大学、某研究所の方など、結局この時にしか会えなかった方々にお会いすることができました。 日本式の豪華な(?)懇親会でなくてもお会いできて、お話ができれば良いというアメリカ的な合理的なものだと思いました。是非MIXERに参加してみてはいかがでしょうか。

3−7 日本人の受賞者/招待者について
今回のプログラムの中で、原田仁平名古屋大学名誉教授の顔写真に気が付いたかと思います。 X線回折装置開発のパイオニアとして、アニュアルシンポジウムで、シーメンスのGoebel氏、フィリップスのRyan氏、英国学者Jenkins氏と共に招待講演をしました。 原田先生は、現在理学電機の研究所長に転じられた由ですが、日本でのインストルメンテーション技術が世界的に認められたモデルケースではないでしょうか。 PITTCONにおける日本への評価は、大学や国立研究所がいわゆるインストルメンテーションを研究しなくなってから、必ずしも高いとは言えません。 招待講演の数や内容にも、その結果が現れています。ただ今回、慶応大学応用化学科の鈴木教授のように招待をご都合でお断わりになった例もあるようです。 蛇足ですが、招待講演者には、1000ドルまでの旅費とホテル代等の実費が支給され、いわゆる講演料とか日当はないとお聞きしました。

3−8 CITAC(Co-Operation on International Traceability in Analytical Chemistry)2000 PITTCON SYMPOSIUMについて
3月15日フェアモントホテルにて、上記シンポが開催されていました。 今回は、NISTが事務局となって、ISO 17025(ガイド25:試験所認定)にフォーカスして、化学分析分野のバリデーション、トレーサビリテイ、不確かさに関連した意見交換会を開催しており、日本からは、物質研、通産省製品評価技術センター、化学物質評価機構他から7名位の専門家が出席していました。 通産省関連で標準物質に関連してこれだけの実務部隊を送り込むのは大変意義のあることと思いました。このように、PITTCONに合わせて開催されるシンポジウムが、相当数あるようです。

3−9 ALSSA(米国分析機器・ライフサイエンスシステム工業会:Analytical & Life Science Systems Association)の対応について
ALSSAが7年程前にAIA(米国分析機器工業会)を吸収したことにより、日本分析機器工業会は、定期的に、ALSSAと情報・データ交換をしています。しかしALSSAの会員企業は、近年PITTCON出展に消極的になっているところが多いとのことです。 理由としては、インターネットの普及で展示会の存在意義そのものが低下したこと、PITTCON自身が巨大化しすぎて却って専門性が薄れたこと等があるようです。ALSSAとしては、会員企業や製品のPRに、インターネットを駆使してバーチャル展示会を計画したいとしています。 ALSSAの展示会に対する考え方や対応は、今後のひとつの方向性を示唆していると思われます。

3−10 中国コーナー合同展示について
英国、仏国、スペイン、韓国等と並んで中国も今回10社位の中国コーナーがありました。昔のS社のUV/VISと見紛うものとか、ラボの道具などですが、米国では安ければ結構売れるとの事でした。 日本ではライバルが多くちょっと買ってもらえないのではないかとのコメントですが、日本の分析機器展出展には関心がありそうでした。それにしても、年々中国人が目立ってきているように思います。 昨年までは、米国の大学に所属して研究発表している人が多かったようですが、今年はQ社やベンチャー会社の説明員として仕事をしている方をお見かけしました。 何年か経験したら本国へ帰って関連の仕事をしたいとの事で、中国パワーもいよいよ本物になってきたとの感じです。

3−11 米国NAVAL Research Laboratoryの展示ブース
今回たまたま往路の飛行機で隣合わせの席になった方が、横須賀米国NAVYのCPU技術者で、LAN構築の勉強にIBMへ出向く途中でした。 日本製品の導入は考慮しないのか等質問してみたところ、米国益のために米国製品しか検討しないとの明快な答えに、却って新鮮に感じたことでした。 そんな事が頭にあって、PITTCON会場を歩いていたら、上記ブースに出会って驚かされました。ワシントンDCにある国立海軍研究所の成果の売り込みや共同研究相手を見つけるために研究所をPRするブースでした。 米国防に関わる研究さえも、多分全部ではないでしょうが、民間への技術移転を、展示費用を支払ってでも積極的に行おうとしている様子は、今の米国の姿勢が現れているように思いました。

3−12 米国軍厚木基地内の環境分析について
ついでにこれも偶然の出会いから分かったことですが、米国の環境分析の専門家が定期的に厚木基地内へ出張していて、土壌、水質分析をしているとの事実です。 なぜ日本の分析センターに依頼しないのかと質問しましたら、やはりどうも日本のデータを信用していないようで、米国内のデータとの整合と信頼性を第一に考えての事だそうです。またこれも米国の自前主義の表れなのでしょうか。 日本国土の種々のデータを意外にも米国のほうが、システマテイックに収集して、握っているのか、あるいは、日本の然るべき機関へは、それらのデータがオープンになっているのか気になりました。

3−13 PITTCON2000に見るIT(Information Technology)革命の兆候について
今回「E-Commerce」、「IT」等のキーワードが展示会場に多く見られました。 名札から読み込んだアドレス情報を各ブースで利用しているのもそのはしりだったのですが、出展各社がホームページを持ち、CDの製品説明資料を提供して、Emailで質問に答えるのはもう常識です。もう一歩進んで、インターネットで注文を受け、支払いの決済もできるようになりつつあります。 好むと好まざるに関わらず、この流れに飲み込まれつつある事を実感せざるをえません。とは言え、人間と人間の出会いやちょっとした会話がどれほど大切かについても、今回いやと言うほど思い知らされました。 そういう出会いを演出する展示会の存在意義も、逆にますます大切になるのではないかと感じた次第です。
 
4.PITTCON2000に見る分析機器市場/企業の動向
 今回、ACS講演会や展示会を通じて市場や企業が、これまでにないスピードで変化しつつあることを実感させられました。そして犬も歩けばではありませんが、多くの出会いから色々なヒントや情報をいただきましたのでメモしてみました。

4−1 大手企業のマクロ動向
大手企業は社名を変えてでも、将来の大きな市場となるバイオ・ゲノム関連分野へのシフトを、戦略的に行っていると思われます。その変化はA社、P社、Q社等のトップ企業の展示やニュースリリースによってお分かりと思いますが、中小で大手に続く企業にとっては、これまでの協力関係や競合・共存状況によって、どう方向付けるか種々影響を受けるのではないでしょうか。
 ここでは、ACS講演会で述べられていた内容を、キーワードを中心にサマリーしてみたいと思います。
(1)環境:これは環境分野市場への対応と言う意味と、環境を意識した企業であれとの意味もあるとおもわれます。
(2)ライフサイエンス、バイオテクノロジー、ゲノム、ドラッグ等:大手企業にとってのマクロ的に見たターゲット市場です。
(3)プロセス/オンライン:やはりラボ分析からの脱皮も必要との意味と思われます。
(4)自動化&ロボット化:いわゆる前処理や試料管理も含めた自動化は、これからの課題ですが、段階的なコンセプトによる開発や製品化が必要でしょう。
(5)マイクロ化:とにかく全ての機器、システムを小さくする技術、例えばマイクロチップ化の推進等がクローズアップしてくると思われます。

4−2 ミクロ主要技術動向
近未来、または現在のビジネスを支える主要技術として各社が注目しているものです。
(1)複合化MS技術:ICP-MS、GC/MS、LC/MS等MSを検出器とする機器・システムの市場が伸長しています。MS/MS、TOFの提案が受け入れられてここ数年特にLC/MSは10%/年以上の伸びが期待されています。 唯、光と違って試料を消耗してしまう事や、汚れによる感度変動など本質的な弱点を現場でどうサポートするのか等課題もあるようです。
(2)コンビナトリアルケミストリ:製薬分野の研究室では、完成度はまだ十分ではないともいわれていますが、かなり使われだしているようです。 ユーザーによって仕様やシステムが異なることもあって、メーカーにはシステム設計や小回りのきく対応が求められています。 今後は食品、環境、農業、医療等の分野でもこのコンセプトが受け入れられて市場を形成すると見られています。
(3)DNAシーケンサ:PCRの特許を持っているA社の強さが目立っていますが、種々の違った方式の提案もあるとのことで、各社指をくわえているだけではないのではないでしょうか。市場は、まだまだ伸長中だそうです。
(4)LIMS(Laboratory Information Management System):総合的なラボのデータ管理はこれからのキーワードです。 大手メーカーの大型システムの提案やベンチャー会社のパソコンによる限られた範囲の提案など今回の展示会では、多くの展示デモがありました。 今後LIMSメーカーと機器・センサメーカーとの協力関係がより一層進むのではないかと予測しています。

5.おわりに
 米国分析機器市場は、化学からバイオへの展開とか、パソコン、インターネットの急速な普及とかによって様変わりしています。小生にとって4年連続のPITTCONですが、いつも新しい刺激を受けます。 昨年のオーランドでは「PITTCONに見る米国巨大展示会裏事情」を報告いたしました。今年は大手企業のダイナミックな動向が気になって、このような報告となりました。 あくまでも筆者の技術的バックグラウンドもあって、非常に狭い視野の報告になってしまったことをお詫びします。ご意見ご感想などメールいただければ幸に思っております。

―以上―


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