◆環境・防災◆  人為的汚染の少ない南極氷を環境汚染のものさしに

環境汚染の有無を議論するとき,まず,環境汚染の非常に少ない試料を調べてこれをもとに議論する必要がある。たとえば,地球温暖化の議論はハワイの高山という最もきれいな空気中の二酸化炭素濃度を調べることから始まった。本研究では,最も汚染の少ない降水として南極に積もった氷を円筒状に掘り抜いたコア試料を用いた。この中に含まれる水以外の成分は,最も多いナトリウムで1億分の1程度,少ないルテチウムでは 1000 兆分の1以下と極めて低い値を示した。ほとんどの元素は海水や地殻由来であるが,火山など,他の起源と考えられる元素もあった。

【A2003*】         

南極氷床コア中超微量元素の起源

(北里大院医療,北里大医療衛生,環境技研,極地研)寺澤友里恵、岩下正人、◯島村 匡、高久雄一、東久美子、藤井理行[連絡者:島村 匡、Tel : 042-778-8214]

 現在地表に降る降水(雨、雪、あられなど)は大気中の塵、ガスなどを吸着しているため、強く人間活動の影響を受けている。これに対し、南極氷床コアの氷はもともと雪であり、氷床コアの深部は人間活動の影響から時間的、空間的に隔たっていると考えられる。従ってこの氷に含まれる諸々の成分は基本的に天然起源であり、人為的寄与は非常に少ないと思われる。現在の降雨、降雪、大気中に含まれる成分のうち、人為的寄与を見積もる上で、理想的なバックグラウンド(あるいは参照物質)と見なすことが出来る。氷床コア中の主要から超微量元素まで定量し、天然成分の内、最も普遍的な地殻起源(細かい土壌粒子)および海水起源(波の細かいしぶき)をベースに、どのような天然成分が考えられるか考察した。
 氷床コア中の元素濃度は非常に低く、我々が通常手に入れられる蒸留水より更に純度がよいことがしばしばある。またコアを採掘する際にその表面がドリルなどで汚されるため、表面汚染をきれいに取り除く必要がある。このため清浄な環境で試料を取り扱い、超高感度の分析装置(ICP-質量分析計)を用い約50元素を定量した。定量結果はナトリウムの15 ppb (ppbは10億分の1)からルテチウムの0.6 ppq(ppqは1000兆分の1)の範囲にわたっていた。0.6 ppqとは琵琶湖の水全体にわずか16 gほど溶かした濃度である。得られた定量結果からほとんどの元素の由来は地殻または海水(もしくは両方)で説明出来ることがわかった。しかしニッケル、ヒ素、セレンなど9元素(Ni, As, Se, Rb, Mo, Sn, Sb, Tl, Pb)については地殻、海水以外の天然起源が寄与していることがわかった。考えられる候補は、火山ガス、森林火災、地球外、バイオマスなどである。このうちヒ素、セレン、スズ、鉛については火山ガスの寄与が考えられた。またアンチモンは試料を保存する際のプラスティック梱包材からの汚染の可能性がある。その他の元素については起源を特定することは出来なかった。今後定量が難しかった、白金属元素についても定量を試みたい。