◆新素材・   細胞のような超微小空間では酵素反応の速度はどうなるか
先端技術◆

 細胞のような微小空間に高濃度の高分子が存在する系では,通常の希薄溶液中とは異なる分子の挙動が期待できる。本研究では,1分子のβ−ガラクトシダーゼを閉じこめた擬似的細胞空間( 10-15 L)と,ポリエチレングリコールなどの高分子を高濃度に含む溶液において,フルオレセイン-β−ジガラクトピラノシドの加水分解反応を蛍光強度変化より追跡した。この結果,空間サイズが小さくなるほど,また,高分子濃度が高くなるほど反応速度が低下し,その効果は前者の方が大であった。本研究は細胞内での反応を解明するための新しいアプローチであり,今後の発展が期待される。

【B2010】    

微小空間における1分子酵素反応の解析

(名大院工)○加地範匡・村原 寿・渡慶次 学・馬場嘉信
[連絡者:加地範匡、電話:052-789-4611]

 細胞内は、全体積の20~40%が生体高分子で占有されたいわゆる分子クラウディング状態をとっていることが知られている。(図1)「このような高分子が非常に小さな空間に極度に密集した環境下での酵素反応速度は、はたして希薄溶液中のそれと同じなのか?」というのが、われわれの疑問のひとつである。(図2)そこで本研究では、擬似的な細胞環境として、10-15 Lという非常に小さなマイクロチャンバー内に酵素1分子を閉じ込めた系と、ポリエチレングリコールなどの高濃度高分子溶液の系を用意し、空間の大きさというものが酵素反応にどのような影響を与えているのか解明することを目的に実験を行った。

 酵素反応のモデル系として、FDG(フルオレセイン-b-ジガラクトピラノシド) を基質としたb-ガラクトシダーゼの加水分解反応を用いた。シリコーン樹脂で種々の体積を有するマイクロチャンバーを作製し、それぞれにb-ガラクトシダーゼを1分子レベルで閉じこめ、各チャンバーの蛍光強度変化から酵素1分子の活性を評価した。また、高濃度高分子溶液を用いた系では、BSA(ウシ血清アルブミン)、ポリエチレングリコール8000, 20000を反応溶液中に添加し、高分子濃度と加水分解速度との関係を評価した。その結果、マイクロチャンバーを用いた系では、空間サイズが小さくなるにつれて加水分解速度が低下する傾向がみられた。また高濃度高分子溶液の系でも低下する傾向がみられたが、低下の度合いはマイクロチャンバーを用いた系の方が大きかった。このように空間サイズが酵素反応に影響を与えているのであれば、細胞内での酵素反応に関してこれまでにはない新しい知見が得られるかもしれない。
図1細胞内環境の模式図
図2 酵素反応と空間サイズに相関はあるのか?