◆医療・生命◆   マイクロチップ内に模擬臓器を作り抗がん剤の効き目を評価する

 飲用する薬剤や食品中の成分は,体内で吸収・代謝・輸送されて標的となる組織で効果を発揮する。これらの効果を評価するには,近年,培養細胞を用いる方法が一般的である。このようなとき,多くは一種類の細胞により評価され,生体を模倣した系にはなっていない。本研究では,マイクロチップ内に複数種の細胞を培養し,薬剤の複合的な効果を調べるシステムを開発した。今回,チップ内の部位に小腸,肝臓,乳癌の組織を培養し,それらを連結した微細流路に抗がん剤溶液を導入したところ,複数の臓器の働きを考慮した薬剤の評価が可能となった。

【B2009】  

吸収と代謝を考慮に入れた乳癌に対するマイクロ抗癌剤評価システムの開発

(東大院農学生命)○井村祐己・佐藤記一・吉村悦郎
[連絡者:佐藤記一, 電話:03-5841-5190]

 飲み薬や食品中の成分は腸で吸収され、体内を循環しながら標的となる組織で効果を発揮する。従って、その効果を実験的に正しく調べるためにはこれらすべての過程を模倣した系が必要である。通常は実験動物に飲ませて調べることが多いが、コストや倫理的な観点からその数を減らすことが求められており、代替法としては培養細胞を用いた系が一般的である。しかし、従来の細胞を用いた実験では一種類の細胞に対する効果を見ることしか行われず、生体を模倣した系になっていない。
 そこで本研究では、数cm角のマイクロチップ内部に複数種の細胞を培養し、薬等に対するその複合的な効果を調べるシステムの構築を目指し、一枚のチップで腸管での吸収、肝臓での化学変化、標的とする組織での薬効を複合的に検定できる系の開発を試みた。ここでは、モデル系として、飲み薬としても投与され、肝臓で活性化されることにより効果を発揮することが知られている抗癌剤シクロフォスファミドが乳癌細胞に対して効果を発揮するかどうかを検定した。

 まず、小腸、肝臓、乳癌の各微小組織培養部位を有し、毛細血管や腸管に見立てた微細流路でこれらをつないだマイクロチップをシリコーンゴムおよびガラスを用いて作製した。次にこのチップにヒト由来の腸管および肝臓のモデル細胞と乳癌細胞をそれぞれ培養して微小組織とした。このチップに調べたい薬剤の溶液を導入し、標的である乳癌細胞がどれだけ死滅するかを調べることにより、飲み薬としてこの薬がどれだけ効果を有するかを検定した。その結果、開発したシステムでは、従来よりも少量の薬や細胞を用いて、複数の臓器の働きを考慮に入れた抗癌剤の評価を実現することができた。この技術は将来的には新薬の開発だけでなく、患者個人個人の精密診断によるオーダーメイド医療の実現にも役立つものと期待できる。