◆環境・防災◆  数万年以上前の海洋の環境状況を知る新たな指標元素を精度よく分析
 過去5億年の間、世界の海洋深層は酸素を含む環境にあるが、一時的に酸素が枯渇し硫化水素が発生するような強還元的環境が生じたことが推定されている。この古海洋の酸化還元環境を推定するための指標として海洋深層堆積物中のモリブデン(Mo)/タングステン(W)比に注目した。精度よいMo/W比を算出するため、深層堆積物をマイクロウェーブ分解し、試料中のMo及びWをカラムにより選択的に分離し、ICP-MSで定量する方法を開発した。北海道沖の堆積物コア試料を分析したところ、多くの点で平均地殻の値と一致したが、過去3回日本海の深層で強還元的環境になったことがわかった。

【E1009】   マイクロウエーブ分解-TSK-8HQカラム濃縮-ICP-MSによる
             堆積物中モリブデン,タングステンの定量

(京大化研・高知大海洋コア1)○宗林由樹・照井大介・中川裕介・清水明愛・
M. Lutfi Firdaus・村山雅史1
[連絡者:宗林由樹,電話:0774-38-3100]

 光合成により生産された酸素分子は,海水循環により海洋深層まで運ばれる.過去5億年,世界の海洋深層は,酸素を含む酸化的環境にある.しかし,局所的あるいは一時的に酸素が枯渇し,硫化水素が発生するような強還元的環境が生じたことが推定されている.古海洋の酸化還元環境を推定するための手掛かり(プロキシ)として,堆積物中微量金属であるウラン,バナジウム,モリブデンなどが利用されてきた.これらの元素の濃度はさまざまな要因によって影響されるので,酸化還元環境の変動のみを抽出するには適切な規格化が必要である.我々は,モリブデン/タングステン比に注目した.タングステンは周期表上でモリブデンの下に位置しており,化学的性質がモリブデンとわずかに異なるからである.

 堆積物中モリブデンとタングステンはそのままでは定量できないので,新たにカラム抽出-ICP質量分析法による定量法を開発した.これにより,約100 mgの堆積物試料中のモリブデンとタングステンを誤差10%程度の精度で定量できるようになった.
 現在,本法を用いて,北海道岩内沖(43°22'36''N, 140°04'10''E, 水深900 m)で採取された堆積物コア試料の分析を進めている.モリブデン/タングステン比は通常3.5であり,平均地殻の値と一致した.しかし,この比が10以上に増加した時期が,過去46,000年に少なくとも3回あった.この結果は,これまでに報告された他の測点での研究と調和的である.すなわち,最終氷期,日本海深層の広範な領域が強還元的環境となる事件が数度発生したことを示唆している.