生活文化・ 犯罪現場に残された直径わずか20ミクロンの黒色単繊維から染料を識別する
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 衣類の単繊維は微細証拠物件として実際の鑑識現場で採取されることが多い。この直径約20ミクロンの単繊維の色調を評価するための非破壊分析法として、顕微分光光度計を用いた紫外・可視部の透過率プロファイルによる判別が行われている。しかし、黒色単繊維は透過率が低く、分析が難しかった。本研究では、拡散反射による吸光度プロファイルからの識別を試みた。その結果、ポリエステルのような繊維の同一系統黒色染料を判別することができ、さらに同じ黒色でも異なる種類の染料であることが識別可能となった。実用的科学分析法として犯罪現場遺留物件への応用が期待される。

【J2010】      顕微分光光度法を用いた黒色単繊維の異同識別

(科警研)○鈴木真一・鈴木康弘
[連絡者:鈴木真一, 電話:04-7135-8001]

 犯罪現場に遺留される微細な証拠物件( Trace Physical Evidence )は,Edmond Locard の論文を端緒とした物的証拠を中心とする客観的な犯罪鑑識上,極めて重要な役割を占めている。すなわち,被害者・被疑者の接触があれば衣類の単繊維などの微細証拠物件が相互に付着する。また,被疑者などがある場所で何らかの行動を行った場合,彼等と種々の性質,例えば職業や生活範囲の推定に寄与する微細物件(例えば,微細なガラス片や溶接粒,花粉,土砂など)が遺留される。これらの微細証拠物件をもとに被疑者から採取された微細証拠物件(爪の間から採取されることもある)と被害者,あるいは犯罪現場遺留の微細証拠物件の異同を識別することにより,被疑者・被害者間の接触や犯罪現場との関連などを推定することが「微細証拠物件科学 ( Criminalistics ) 」と呼ばれ諸外国では法化学 (Forensic Chemistry)と呼称されている。
 単繊維 (20μm i.d.) は,このような微細証拠物件の中で重要で,かつ頻繁に遭遇する機会の多い微細証拠物件の一つである。また,単繊維の重要な特徴のひとつである色調の評価は,使用されている染料を抽出して薄層クロマトグラフィ−や液体クロマトグラフィ−により構成している染料本体を分析する方法があり,極めて最近の研究では,単繊維から抽出した染料を LC/MS/ESP により分析し,より確実な構造情報を得る方法が報告されている。また,もうひとつの方法は,顕微分光光度計を用いて,色調全体を代表する紫外部・可視部透過プロファイル曲線による識別法がある。これらの方法にはそれぞれ特徴があり,前者は,抽出条件や抽出溶媒に関して使用されている繊維に制限があるものの、構成成分を把握できるが,破壊検査である。後者は、試料量に依存しない非破壊検査であるが,黒色単繊維のように透過率が低い試料については適用が難しい。今回,この顕微分光光度法で吸光度を用いることにより,黒色単繊維の識別の可能性について検討を行った。
 吸光度を用いる方法は,透過度を用いる場合と同様に,同一系統の繊維(例えばポリエステル)に用いられている同一系統の染料(この場合は分散染料)の識別も可能であり,染料が同じ黒色でも反応染料や酸性染料のように,異なった種類の染料が用いられていた場合には全く異なった吸光度プロファイル曲線を示した。また,単繊維内の変動は布の異なる部位から採取された単繊維間の変動と比較しても極めて小さく,単繊維の色調評価に問題はなかった。本方法は,黒色繊維のみならず,これまで「無価値」とされていた「白色木綿単繊維」に用いられている蛍光増白剤分析への応用も可能である。