◆医療・生命◆ 患者にやさしい大腸疾患の新しい診断法
 現在,潰瘍性大腸炎や大腸癌の検査には,便潜血検査や内視鏡検査が利用されているが,検査には苦痛などの患者への負担が多い。これらの疾患では,腸内細菌の糖質代謝が異なることから,便中の乳酸,酢酸などの短鎖脂肪酸組成に影響を与えることが分かっている。今回,電気化学検出高速液体クロマトグラフィーのセンサー部分を新たに開発して,便中の短鎖脂肪酸の組成を測定した結果,乳酸,酢酸,プロピオン酸,酪酸を精度よく迅速に分離定量することができた。本法は,潰瘍性大腸炎や大腸癌などの非侵襲的なスクリーニング診断法としての応用が期待できる。

【P1049】   電気化学検出HPLCによる健常人の便中短鎖脂肪酸の動態分析

(東京薬大薬) ○小谷 明,大塚崇文,楠 文代
[連絡者: 楠 文代,電話: 0426-76-4549]

  ヒトの大腸の中には1011個/g内容物 以上の腸内細菌が存在する。腸内細菌は,食物由来の糖質を代謝することによって乳酸,酢酸,プロピオン酸,酪酸といった短鎖脂肪酸を生成する。人が健康であれば便中の短鎖脂肪酸の組成はほぼ一定であるが,大腸の病気の時は,この組成比が変動する場合がある。例えば,潰瘍性大腸炎患者においては,乳酸が増加し,酢酸・プロピオン酸・酪酸が減少すること,また,大腸腺腫患者や大腸癌患者においては,酢酸が増加し,酪酸が減少することが報告されている。
  現在,潰瘍性大腸炎や大腸癌の検査には,便潜血検査や内視鏡検査が利用されている。しかし,便潜血検査は,早期発見の役に立たず,また痔瘻でも陽性になる。内視鏡検査は,検査前に多量の下剤を飲む必要があり,苦痛が伴うため患者へ負担が大きい。さらに,一度でも潰瘍性大腸炎を発症した場合,定期的に内視鏡検査を受ける必要があるので,患者のQOL(Quality of Life:生活の質)が著しく低下する。従って,便中の短鎖脂肪酸の組成比を知ることで,これらの疾患の非侵襲モニタリングが可能となれば,従来の検査法に比べ,安価で苦痛を伴なわなないため,医療費の削減,患者のQOLの向上が期待できる。
  我々は酸に対して特異的な検出方法を利用した電気化学検出高速液体クロマトグラフィー(HPLC-ECD)を開発した。HPLC-ECDを用いて健康な被験者(22歳 男性)の便について短鎖脂肪酸の定量を行ったところ,乳酸,酢酸,プロピオン酸,酪酸が検出された。9日間にわたって,この被験者の便中短鎖脂肪酸の量,組成の変化について経過を追跡したところ,短鎖脂肪酸総量は,約1.5倍の変動はあったが,組成比はほぼ一定であった。本法は,簡単な前処理で便中の短鎖脂肪酸の組成を簡易,迅速に,精度よく測定できることから,将来的に潰瘍性大腸炎や大腸癌の病態の非侵襲モニタリングに利用できると考えられる。