◆新素材・
 先端技術◆ 引っ張りだこの河川水標準物質

 分析化学の分野では,測定した分析値の信頼性が重要であることは周知の事実であり,報告された分析値が社会的・経済的影響を及ぼすことも多々ある。そのためには,信頼性が高い化学のものさしすなわち標準物質が必要となってくる。日本分析化学会は,河川水や水道水などの環境水を分析・評価するため,1995年に河川水および一部の元素を添加した河川水中の微量元素を認証した標準物質を作製・頒布してきた。関心の高さと精確さに裏付けられてその在庫も減り,今回新たに同様な河川水標準物質を作製することになった。そこには地道な労力が多大に掛けられている。

【I2008】           新しい河川水標準物質の作製と認証

(セイコーインスツルメンツ)○川瀬晃、大橋和夫(多摩化学)赤羽勤子(都産技研)上本道久(産総研)黒岩貴芳(NITE)村山真理子(東大)吉永淳(シノテスト)芳村一(分析化学会)小野昭紘
[連絡者:川瀬晃043-211-1342]

 分析技術の進歩は日進月歩で、いまやものの中の1億分の1グラム、1兆分の1グラムレベルの超微量化学物質の存在がはっきりとわかるようになった。たとえば25mプールにたった耳かき一杯の濃度の化学物質によって…などというたとえ話にふれることも多いであろう。どこまで微量な物質を検出できるか(「感度」という)、というのは分析化学にとって大きな挑戦の一つである。これからも高感度化をめぐり日夜研究者の努力が続いていくと考えられる。
 しかし感度だけが分析化学の目的ではない。どんなに高感度な分析であっても、結果として出てきた分析値が「ほんとうの値」と全く異なっていては何の意味もない。分析値がどこまで正しいのか、その信頼性を評価することも分析化学に課せられた重要な課題である。たとえばある企業の分析担当者が、ある製品の中のある成分の含有量を報告したときに、その値が「ほんとうの値」からずれていたためにその企業が国際的な信用を失ってしまった、とか、「ほんとうの値」からずれた排水分析結果に基づいたがために法律上の排出基準値をオーバーしてしまったと勘違いして、設備改良のために多大な投資をしてしまった、とか、信頼性の低い分析値による社会経済的インパクトの大きな事例が多くある。
 ではどうしたら分析の信頼性を評価し、確保できるのであろうか?今回発表する河川水標準物質とは、河川水や水道水などの分析をする分析者が、自分の分析値が正しいのかどうか、信頼性が高いかどうか、を判定するために「ものさし」として用いるものである。具体的には、実際の河川水をボトル詰めし、一部には既知量の対象成分を添加し、それらに含まれる鉛、カドミウム、ヒ素など、有害な重金属類を主とした種々の成分濃度について、数多くの機関の協力を得ながら認証値を決めた。この認証値こそが、上記の「ほんとうの値」と見なすべき値となり、信頼性評価のための「ものさし」となる。分析化学会ではすでに1995年に同様の河川水標準物質を作製し、頒布してきたが、その在庫が尽きたために今回新たに作製したものである。
 こうした標準物質は河川水だけでなく、実試料として分析されることになるあらゆる対象物ごとに用意される必要があり、とても分析化学会だけで対応できるものではない、手間と時間とお金のかかる膨大な事業である。分析は科学の基盤ともいわれるが、標準物質などのように、その分析のさらに基盤となるものの整備は国家的事業として行なわれるべきであることも指摘したい。