◆医療・生命◆  放射光で甲状腺機能を見る
 甲状腺ホルモンは生命維持に重要なヨウ素を含むアミノ酸であるが、甲状腺のろ胞での生成調節の機構に関しては不明の点が多い。SPring-8からの強力な放射光X線をマイクロビーム化して利用するX線分光顕微鏡を用いることにより、パラフィン包埋されたラット甲状腺組織薄片の300μm角領域のイメージングを行い、10個程度のろ胞に含まれるヨウ素とカルシウムの濃度を測定した。その結果、ヨウ素とカルシウム濃度は必ずしも対応しないこと、ろ胞によりヨウ素濃度が異なることが分かり、ろ胞ごとの評価ができる可能性が示された。
【1H03】 ラット甲状腺組織中ヨウ素、カルシウムの放射光蛍光X線イメージング

  (広代院工、富山医科薬科大1)○松尾 晃英、早川 慎二郎、高川 清1、廣川 健
  [連絡者:早川慎二郎、e-mail: hayakawa@hiroshima-u.ac.jp]
  
 甲状腺で作成されるホルモン(甲状腺ホルモン)は体の基礎代謝を高める働きを持ち、分泌量が多すぎても少なすぎても色々な弊害が現れます.この甲状腺ホルモンはヨウ素を原料として作成されていますが、具体的には甲状腺の中で細胞が並んで袋のようになった部分(ろ胞と呼ばれる)で作成される事が知られています。甲状腺にはたくさんのろ胞が含まれていますが、ろ胞での甲状腺ホルモン生成調節の仕組みについてはまだ分かっていない事がたくさんあります。
 我々が開発したX線分光顕微鏡はSpsing-8からの強力な放射光X線をマイクロビーム化することでミクロンオーダーの空間分解能でppmレベルの微量元素分析を実現しています。具体的には特性蛍光X線のエネルギーが元素に固有である事を利用し、試料からの蛍光X線光子を検出器で電気信号パルスに変換し、蛍光X線光子のエネルギー(パルス高さ)分布から試料中に含まれる様々な元素を同時に定性分析します。また蛍光X線信号の強度(パルス頻度)から定量分析を行います。試料を走査しながら各点での蛍光X線信号を測定する事で元素分布像を得る事ができます。これまで生体組織中での元素分布を調べるには染色した組織の光学顕微鏡視察が用いられてきましたが、有効な染色法のない元素についても分布画像を取得できる点や特別な前処理が不必要な点などから蛍光X線イメージングは生体組織の分析に適しています。特にSpsing-8からの放射光を用いる事で、1fg(1×10-15g)以下の微量な元素を測定する事が可能になりました。1つの細胞にppmレベルで含まれている元素を定性、定量分析できる事になります。
 本研究ではパラフィン包埋されたラット甲状腺組織の薄切切片を試料として10個程度のろ胞が含まれる300μm角の領域のイメージングを行ない、個別のろ胞についてヨウ素、カルシウム濃度を評価しました。その結果、ヨウ素濃度がカルシウム濃度に必ずしも依存しないこと、ろ胞ごとにヨウ素濃度が違っていることが明らかになりました。これはろ胞ごとに活性が異なる可能性を示唆しています。将来は細胞1つについての健康診断に利用されるようになるかもしれません。