◆ 生活文化・      ウイスキーの熟成を化学の目で調べる
 エネルギー◆
 ウイスキーの熟成には時間経過に伴う様々な物理・化学的作用が関与するとされているが、その詳細は依然明らかではない。熟成による「まろやか」な味の発現機構の解明を目指して、本研究では、ウイスキー原酒の熟成過程における、原酒中の金属イオン・酸・フェノール類の濃度変化及びNMR(核磁気共鳴)におけるプロトンの化学シフト値の変化を追跡した。その結果、元々原酒に含まれている酸や樽から溶出したフェノール類による、水-エタノール水溶液中の水の構造性の変化が熟成に関与することが明らかになった。
【2P52】  ウイスキーの熟成と酸・フェノール成分含量の変化
                      
   (1酔鯨酒造・2高知大院理・3高知大理) ○能勢 晶1,2・鈴木美果3・上田忠治3・北條正司3             
   [連絡者:北條正司,E-mail:mhojo@cc.kochi-u.ac.jp]                              
 
 はじめに ウイスキーは数年以上に及ぶ樽熟成の間に,木材成分の抽出,樽材を通しての低沸点成分の蒸発,ウイスキー成分と木材成分との反応などが起こり,これらがウイスキー独特の香りや味に寄与している。一般には,時間経過に伴う物理的作用によりエタノールと水分子間の相互作用が強まるなど,クラスター構造が安定化し,味が「まろやか」になると考えられている。
我々は,水‐エタノール混合溶媒中で酸・フェノール類が水の構造性を発達させることを1H(プロトン)NMRの化学シフト値より明らかにしてきた。本研究においては,数種類の樽に0 ~ 23年間貯蔵したウイスキ−原酒中の金属イオン,酸類,フェノール類および色度を分析し,それらの化学成分量と1H NMRの化学シフト値に基づき,ウイスキーの熟成について考察した。
本研究に用いたウイスキー原酒は,国内メーカーが製造し,国内工場で貯蔵したものである。樽の種類は新樽,旧樽,活性樽(内面を焼きなおしたもの)リメード樽(樽材を一部交換したもの)およびシェリー樽の5種類であった。1H NMRスペクトルの測定は前報1)に従った。
 結果と考察 樽熟成を開始する前,即ち「ウイスキーもろみ」を蒸留した直後の原酒(本溜液)について,総酸量と化学シフト値間に相関関係が見られた。蒸留時に「もろみ」から移行した酸類により,既に,水とエタノールのプロトン交換が促進され,水の構造性が強められていることがわかる。樽熟成を経た原酒については,総酸量および総フェノール量と化学シフト値間に比例関係ないし強い相関関係が認められた。特に,樽からの抽出効果の大きいシェリー樽中の原酒については,他の樽種中より総フェノール量が大きく,またそれに応じて,NMRシグナルは著しく低磁場にシフトした。樽からの抽出効果が小さい樽(特に旧樽)においては,エタノールの酸化等による酸度のわずかな増加と,相応の小さな低磁場シフトが認められた。このように,ウイスキー原酒においては,原酒中に含まれる酸類やフェノール類によって,水の構造が強められていることがわかった。長期間の熟成によりウイスキーの味は「まろやかさ」を増すが,それは物理的作用によるものではなく,原酒中に含まれる化学成分自体が,水の構造性に直接影響を与えることにより「まろやかさ」が生じると結論された。     
1) 第64回分析化学討論会要旨集(2003年5月高知大), 1D01.