◆医療・生命◆  大腸菌へのプラスミドDNA導入と膜透過性向上による変異原性試験の高感度化

環境中の微量の変異原性物質検出を目指して,DNA損傷を指標とする変異原性試験である,大腸菌のDNA修復遺伝子誘発を検出する方法の高感度化を行った。生物発光反応を触媒するホタルルシフェラーゼ遺伝子を組み込んだプラスミドDNAを導入した大腸菌を用い,トルエン処理で膜の透過性を高めることにより感度が10倍向上した。更に,菌体外への物質の排出に働くタンパク質の遺伝子変異株を用いることにより,変異原性物質であるマイトマイシンCに対する検出感度を従来の100倍向上させることに成功した。

ルシフェラーゼレポーター遺伝子を用いた変異原性試験における高感度化

(北大院工) ○前花浩志・谷 博文・石田晃彦・柴 肇一・棟方正信・上舘民夫
[連絡先:谷 博文]

生活環境中には様々な発ガン性物質が存在し,これらの大部分はDNAに損傷を与え突然変異を引き起こすことから,発ガン性と変異原性には強い相関があることが知られている.一方,大腸菌では変異原物質に対応するために,DNAの損傷に伴い一連の遺伝子群(SOS遺伝子)を誘発しDNAを修復することが知られており,この機能を利用することでDNAの損傷を指標とする変異原性試験が可能となる.すなわち,SOS遺伝子の代わりに,蛍光タンパク質や発色・発光反応を触媒する酵素などの遺伝子(レポーター遺伝子)を組み込み,DNAの損傷に伴い発現するこれらのタンパク質や酵素活性を検出する方法である.この方法は迅速かつ簡便な試験法として医薬品の開発や水質検査などに利用されている.しかし,近年の化学物質の多様化に伴い,環境中における微量な変異原物質を検出することは極めて重要であり,高感度な変異原性試験が求められている.そこで,本研究では大腸菌の膜透過性に着目し,変異原性試験の高感度を試みた.
本研究では図のようにSOS遺伝子の一つであるumuDのプロモーターの下流に生物発光反応を触媒するホタルルシフェラーゼ遺伝子(luc)をレポーター遺伝子として融合したプラスミドDNAを構築し,これを大腸菌に導入した.変異原物質は大腸菌の膜を透過してDNAに損傷を与えるため,膜透過性を高めることにより,変異原物質のより高感度な検出が期待できる.トルエンは大腸菌の膜に作用し透過性を高めるため,大腸菌をトルエンで処理し,変異原物質であるマイトマイシンC(MMC)によるルシフェラーゼの発現誘導を行ったところ,トルエンを添加しない場合と比較して,検出下限が約10倍向上した.また,大腸菌の膜には,菌体内の物質を菌体外に排出する機能を持つタンパク質が存在するため,このタンパク質の遺伝子を変異した菌株を用いたところ,野生株と比較して検出下限が約100倍向上することができ,10-10 g/mlのMMCを検出することが可能となった.これは,菌体内に入ったMMCが菌体外へ排出されず,菌体内でMMCが濃縮されたためと思われる.
以上の結果から,変異原性物質の大腸菌に対する膜透過性を向上させる処理や排出機能を欠損させることで,より高感度に変異原物質を検出できることが確認された.