◆医療・生命◆   生 命 誕 生 前 の 最 初 の 酵 素 の 起 源 を 探 る
 酵素は地球上の生命に欠かせない生体触媒であり,生命誕生前に生じたと考えられる。従来,最初の酵素は,原始海洋中でアミノ酸がつながって生成したと考えられてきた。本研究で,原始大気中で起きたと考えられる反応を実験室内で再現し,生成物中の触媒分子の分析を行ったところ,リン酸エステルを分解する触媒が生成していた。つまり,アミノ酸をつなげることなく,原始大気から原始酵素(触媒)が直接生成した可能性が示唆された。
【1D18】      模擬原始大気の陽子線照射生成物中のホスファターゼ活性の検出                                   
          (横浜国大工) 王 せい・植岡昌治・○小林憲正
          [連絡者:小林憲]

 地球上で生命はどのようにして誕生したのでしょうか?この疑問に答えるため,過去50年,様々な研究がなされてきました。生命の最大の特色のひとつに,「代謝」があります。環境から物質を取り込み,生体内で様々な反応により自分を維持する仕組みです。このために「酵素」という触媒を用いています。これまでの研究では,まず,アミノ酸が生成し,それをつないでいくことにより,タンパク質を作り,その中の特殊なものが酵素(触媒)となったとされてきました。確かに,アミノ酸はいろいろな条件で生成しますし,加熱することにより重合物も作ります。しかし,そのような分子が触媒作用を持つようになるのは容易ではありません。
 そこで私たちは,他のタイプの触媒がまず生成したのではないかと考えました。ターゲットにしたのはリン酸エステルを加水分解する触媒,すなわちホスファターゼ活性です。地球生物にとってリン酸は不可欠なものであり,それを作り出すホスファターゼという酵素もまた必須なものだからです。材料は,原始地球大気中に存在したと考えられる一酸化炭素・窒素・水のみを使いました。このような混合気体に宇宙線の作用をまねて,高エネルギーの陽子線を加速器を用いて照射しました。そして生成物を取り出し,その機能を調べました。微小な活性を検出するために,基質(触媒により分解される試薬)として4-メチルウンベリフェリルリン酸を用い,触媒作用により生じた4-メチルウンベリフェロンをフローインジェクション分析法で分析しました。
 陽子線の照射生成物からホスファターゼ活性が検出されました。この照射生成物は分子量が1000前後の多種類の分子の混合物と考えられています。この活性は,試料を酸で分解することにより消失しました。本結果は,従来の化学進化のシナリオとは異なり,原始地球上でヌクレオチドやペプチドが生成する前に,触媒活性を有する分子が無生物的に生成しうることを強く示唆するものです。