◆生活文化・    世界最古の黄金装飾鉄剣に使われた鉄の起源を探る 
 エネルギー◆ 

 人類が太古に使用した鉄製品の原料は,天から降ってきた隕鉄だったのか,あるいは地球上の鉄鉱石だったのか? その答えは鉄製品の化学組成を調べることで明らかになるが,特に貴重な文化財の場合,分析されずにいることが多い。今回,新規に開発したポータブル蛍光X線分析装置をトルコのアナトリア文明博物館に持ち込み,その場で分析を行った。非破壊で高精度かつ綿密な分析を行い,化学組成の全容を解明した。黄金装飾鉄剣の刀身部には,最大7%ものNiを含むことがわかり,隕鉄の組成との類似性も認められた。この鉄短剣は隕鉄を原料としていた可能性の高いことが明らかになった。 

【P2039】  アンカラ・アナトリア文明博物館におけるアラジャホユック遺跡出土
     世界最古の黄金装鉄短剣のオンサイト分析

    (東理大理・中近東文化センター1・アンカラ大言語歴史地理2)○中井 泉・阿部善也・
     Tantrakarn Kriengkamol・大村幸弘1・セダット・エルクート2
    [連絡者:中井泉 電話:03-3260-4271(5761)]

 1938年,トルコの考古学者コシャイらの発掘隊により,アラジャホユック遺跡の墳墓から黄金の柄に着装された鉄製の短剣が出土した(図1)。出土した文化層は紀元前2300年頃のものであり,製鉄技術が確立される以前のものである。現存する鉄製品としては世界最古のきわめて貴重な資料であり、原材料に何が用いられたのかが人類の鉄利用の歴史を理解する上で注目される。人類が製鉄を始めた時代よりも遙かに古いと目される鉄製遺物について,その鉄の原料には諸説ある。それらは大きく分けて地球外由来のもの,すなわち「隕鉄」と,地球内由来のものに大別される。隕鉄にはニッケルが多く含まれているという特徴があり,通常の製鉄で用いる鉄鉱石とは明らかに異なる。そのためニッケルの量が,隕鉄を原料としているか否かの判断材料となる。鉄剣の化学組成について、これまで詳細な報告はなく、その原料に関して未だ確たる結論には至っていない。そのため今回の分析の持つ意味はきわめて大きい。この黄金装飾鉄短剣は,現在アナトリア文明博物館に所蔵、展示されている。幸い、我々の長年の念願が叶って、このたび同鉄剣を分析する機会が与えられた。そこで、我々がアワーズテック(株)と共同で開発した世界最高感度のポータブル蛍光X線分析装置を2007年9月に同博物館に持ち込んで、高精度かつ綿密な分析を行い、化学組成の全容を解明した。
 
標準試料を用いた検量線法によりニッケルおよびコバルトの定量化を行なった。全体がさびており、組成的なばらつきはあったが,黄金装飾鉄短剣の刀身部には最大7 %ものニッケルが含まれていることがわかり,隕鉄との間に組成的類似性も認められた。従来説によれば,ニッケル量が5 %を上回ると隕鉄の可能性が高いとされ,今回の分析結果より本鉄短剣は隕鉄を原料としていた可能性が高いことが明らかになった。柄に用いられている金についても分析をおこなった結果、高純度の金であることがわかり、当時の金属器製作技術がきわめて高い水準にあることが伺えた。