◆新素材・      環境にやさしい生体高分子の分離技術の開発
 先端技術◆
 タンパク質などの生体高分子の分離・精製に用いられるクロマトグラフィーにおいては,疎水性固定相との相互作用を制御するために,移動相に水だけでなく,環境負荷の大きな有機溶媒と水の混合系を用いる必要があった。本研究では,広いpH領域で利用可能なポリスチレンビーズ上に,温度刺激に応答して構造変化する感温性高分子をポリマーブラシ状に修飾した新しい固定相を開発した。この固定相は,温度により表面の極性が変化するため,リン酸緩衝液の水溶液のみを用いた移動相で,インスリンなど生体ペプチドの連続的な分離が可能であることが示された。

【Y1052】      感温性ポリマーブラシ修飾ポリスチレンを固定相とした
       温度応答性クロマトグラフィーの開発

(慶大院薬1・東女医大先端生命研2・東理大基礎工3・九大院理4)○水谷文1, 2・
 長瀬健一2・菊池明彦3・金澤秀子1・秋山義勝2・小林純2・安中雅彦4・岡野光夫2
[連絡者: 長瀬健一, 電話: 03-5367-9945 (内線6224)]

 生体高分子物質の分離・精製は、現状では逆相クロマトグラフィーやイオン交換クロマトグラフィーなど種々の手法を組み合わせることによって行われている。しかしながら、これらの方法では有機溶媒の使用が不可欠であることから、タンパク質を分析した場合には生理活性の低下が懸念され、大量の有機廃液が与える環境負荷も大きい。そこで我々は、温度刺激に応答して構造変化を生起する感温性ポリマー(ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド))をシリカ微粒子上に修飾した固定相を用いて、移動相に水のみを用いて分離する温度応答性クロマトグラフィーの開発を行っている。
感温性ポリマーが修飾された固定相は、32°Cを境界に高温側では疎水性、低温側では親水性に可逆的に変化する。既存の逆相クロマトグラフィーでは、移動相に添加する有機溶媒量により溶質との疎水性相互作用を制御するのに対して、温度応答性クロマトグラフィーは、固定相の温度調節によって溶質との疎水性相互作用を制御する。そのため、水系溶媒のみを移動相とした分析が可能であり、有機溶媒を全く用いないため環境に優しくタンパク質の分離にも適している。しかしながら、これまで温度応答性クロマトグラフィーの基材としてはシリカビーズを用いていたが、シリカビーズはpH8以上の中性〜塩基性条件で徐々に水分子に分解し、カラムの耐性や分析の再現性に影響することがわかっている。そこで本研究では、新たにpH1~13の範囲に耐性を示すポリスチレンビーズ上に感温性ポリマーブラシを原子移動ラジカル重合(ATRP)で修飾し、新規な感温性ポリスチレンビーズを調製した。感温性ポリマー修飾量の異なるビーズをHPLC固定相に適用し、リン酸緩衝液を移動相としてペプチドの溶出実験を行ったところ、適した感温性ポリマー修飾量に調節することで、インスリンA鎖、インスリンB鎖、インスリンが分離できることがわかった。これにより、本研究で開発したクロマトグラフィー担体は、水系移動相のみで連続的なペプチド分離が可能であることが示された。