◆新素材・      低温でも生きている細胞を電気化学顕微鏡で見る
 先端技術◆
 北極や南極など極低温下で生息する魚は凍らずに死なない。これは魚が不凍たんぱく質(AFP)と呼ばれる生体防御物質を持っているからである。AFPは氷の結晶に結合し氷の成長を抑える働きがある。このことが低温環境下でも細胞を保護する結果となるが,その作用の詳細は未解明である。そこで,細胞保護効果を明らかにするため,極微小な電極を用いた走査型電気化学顕微鏡で,低温下での細胞観察を行った。ヒト肝がん由来細胞を低温下で観察すると,AFPを含まない保存液中の細胞は壊れるのに対し,AFPを含む場合には細胞が保護され,低温ストレスの緩和が見られた。

【E2010】      低温環境下の細胞を評価するための走査型電気化学顕微鏡の開発

  (産総研・兵庫県立大1)○平野 悠・西宮佳志・小綿恵子・水谷文雄1・
   
津田 栄・小松康雄
  [連絡先:平野 悠,電話:011-857-8523]

 近年,低温における細胞保存技術が注目を集めている.細胞や臓器などの生体材料を保存する場合,保存後の品質低下が重大な影響を与えるため,機能を保ったままで長時間保存できる方法が必要となる.一方,北極や南極に生息するある種の魚類は,凍結温度域において組織の凍結から身を守るために,不凍タンパク質(antifreeze protein; AFP)と呼ばれる生体防御物質を持っている.AFPは氷結晶に結合し成長を抑制することで,モル凝固点降下に比べて300-500倍以上も強い凝固点降下を引き起こす(モル濃度換算).また,低温環境において細胞を保護することも知られているが,保護効果の作用機序はほとんど解明されていない.そこで,本研究では低温環境下の細胞を長時間観察可能な顕微鏡を開発し,AFPの細胞保護効果の評価に応用した.
 走査型電気化学顕微鏡(SECM)は,微小電極(10 μm)を利用することで局所領域の反応が測定可能である.ここでは,測定対象を4℃に保持し,一細胞を対象として細胞の状態を評価可能なシステムを構築した(図).また,測定を自動化することで長時間(24時間),3分間隔で細胞の観察を行った.
開発したSECMシステムを利用し低温環境下のヒト肝ガン由来細胞の測定を行った結果, AFPを含まない保存液中の細胞は8時間一定の状態を保った後,急激に膨潤し壊れた.AFPを含む保存液中では,16時間一定の状態を保った後,比較的ゆっくりと膨潤し,AFPが細胞の受ける低温ストレスを緩和する様子を観察することができた.低温環境下の細胞を評価することが可能となったことで,低温により細胞が受ける障害のプロセスの解明が進むだけではなく,新たな保存液の開発への応用が期待できる.