◆新素材・      生きた単一細胞内を観察できる究極の顕微鏡の開発
 先端技術◆
 従来,生きた単一細胞内の主要な化学種を見るためには,細胞内に蛍光試薬を入れて蛍光顕微鏡で見ていたが,この方法では試薬という異物が入ることで細胞本来の性質を見ていない。そこで,生きた細胞内を直接観測する方法として,試薬を注入しないで,紫外光だけを照射して熱レンズ分光法の原理を利用した新しい顕微鏡を開発した。酵母菌に光を照射すると熱が発生し,熱分布が起こるとともに酵母菌内で熱分布に従った屈折率分布が生じ,一種の凹レンズができる。ここに別の光を通すと熱レンズにより曲がり,その曲がり具合を測定し,酵母菌のイメージ画像の取得に成功した。

【P2028】         生細胞内部観察のための紫外励起光熱変換顕微鏡の開発

                 (九大院総理工) ○藤井 宣行・原田 明

         [連絡者:原田 明,電話:092-583-7552]

 生細胞を対象とした計測における究極の目的の一つとして、“生きた単一の細胞中にある任意の標的化学種を一つずつ識別し、その動的挙動を観察する”ことが挙げられる。この目的を達成するため、生細胞の動的挙動を観察する様々な手法が研究・開発されている。一般的な生細胞の観察には、蛍光顕微鏡が使用される。この手法では測定対象が蛍光性を持つ必要があるが、生細胞の主要な構成化学種であるアミノ酸や核酸塩基は本来強い蛍光性を持たない。このため、細胞内に蛍光色素という異物を導入する必要があり、細胞本来の形・性質をそのまま見ている保証が無い。無標識の生細胞を直接観察する手法として、われわれは光熱変換分光法の一種である熱レンズ分光法を利用した紫外励起光熱変換顕微鏡を開発してきた。ここで紫外光を用いるのは、重要な生体関連化学種に、紫外域にのみ光吸収を持つものが多いためである。
 光熱変換分光法とは、物質に光を照射したときに生じる熱によって引き起こされる物質の物理的変化を利用する分光法である。熱レンズ分光法ではこの物理的変化のうち、物質内部の屈折率変化を利用する。熱の分布に従って屈折率に分布が生じるため、物質内部が凹レンズと同じ働きをする。これを熱レンズと言う。そこに別の光を通すと、熱レンズによって光が曲げられる。光路の変化は信号として検出できる。各位置での信号を測定することで、サーモグラフィーのように二次元の画像を取得できる。
 本研究では、測定対象の生細胞として酵母菌を使用し、空気中と水系溶液中での測定を試みた。本装置を用いてミクロンサイズの対象に狙いを定めて測定できるかが重要である。対象をCCD画像で確認しつつ測定した。CCD画像中で酵母菌が確認された位置に対応する形状で熱レンズ信号イメージが得られた。紫外励起光熱変換顕微鏡を用い、無染色の酵母菌の熱レンズ信号イメージングに成功したと結論付けた。細胞内および細胞間の化学種分布測定に発展できるものと期待される。