◆医療・生命◆   マイクロチップを用いた移植用血管組織の構築
近年,再生医療のひとつとして患者から取り出した細胞をもとに,体外で臓器を構築した後,再度体内に戻して使用する技術が注目されている。しかし,栄養の分配や老廃物の除去を担う血管組織を作れないため臓器ひとつまるごとの再生には至っていない。著者らはマイクロチップを用いて血管組織を体外で構築・回収する新規技術を考案した。即ち,マイクロチップ内壁に温度応答性ポリマーを塗布し,血管細胞を37℃で培養後,温度を下げると細胞同士が接着したまま表面からはがれ,管状の血管を取り出すことができた。移植用血管や三次元血管モデルとしての利用が期待される。 

【D1027】        マイクロ化学チップを用いた血管組織の構築と回収

  (東大院工・KAST1)○山下忠紘・井戸田直和・田中陽・佐藤香枝・北森武彦1
   [連絡者:北森武彦, 電話:03-5841-7231]

 近年、患者から取り出した細胞をもとに体外で臓器を構築し、再び体内へ移植することで臓器機能を再生する組織工学が新しい医療技術として注目を集めている。中でもシート状に培養した細胞を積層し、三次元組織の構築を目指す細胞シート工学と呼ばれる手法が大きな成果を上げており、昨年、細胞シート移植によって拡張型心筋症患者の心臓機能が劇的に回復した事例は社会に大きなインパクトを伴って迎えられた。しかし現在、細胞シート工学は臓器ひとつを丸ごと再生する段階には至っていない。これは、一定以上の厚みを持つ組織は栄養分の分配や老廃物の除去を物質拡散だけで賄えず、移植後の体内で血管が発達する前に壊死してしまうためである。このような制約を乗り越え、大きなサイズの臓器を構築するためには細胞シート間への血管組織の積層が必要とされているが、管腔・分岐など複雑かつ微細な構造を持つ血管組織を体外で構築することは、難しい課題とされてきた。
 本研究では微細な血管組織を体外で構築するツールとして、マイクロ化学チップに着目した。マイクロ化学チップとは内部に微細な流路が彫り込まれた数cm四方のガラス板で、微小空間実験室として近年大きな発展を遂げている実験デバイスである。今回我々は、図のように分離可能なマイクロ化学チップを用いて血管組織を構築・回収する手法を着想した。分離型マイクロ化学チップの流路表面には温度応答性ポリマーであるポリ(<I>N</I>-イソプロピルアクリルアミド)(PNIPAAm)をコーティングした。PNIPAAmで覆われた表面は、培養温度37℃では細胞が接着するが、室温程度まで温度を下げると細胞同士が接着を保ったまま表面から剥離するという性質を持つ。このような分離型マイクロ化学チップを貼り合わせ、内部で血管内皮細胞(HAEC)を培養したところ、HAECは流路表面に接着・増殖し、やがてシート状の血管組織となった。このHAECシートは温度を下げることで流路表面から剥離し、これを流路外に回収したところ、良好に生存していることが分かった。細胞の増殖を活性化して管腔状の血管組織を構築・回収できれば、移植用の血管として、また薬理作用などを試験する三次元血管モデルとして利用できるものと期待される。