◆新素材・      シャボン膜内の水の動きを赤外光で調べる
 先端技術◆

 シャボン膜は,界面活性剤がその親水部を水側に,疎水部を空気側に向け水を挟み込むことによって形成される膜である。本研究では,シャボン膜の流動的界面に存在する水分子の配向状態を調べる目的で,偏光の向きを高速で切り替えてその差分を測定することができる偏光変調赤外分光法を用いた。界面活性剤に硫酸ドデシルナトリウムを用いたシャボン膜を測定した結果,膜内の界面活性剤と水との間で3種類の分子レベルの相互作用がある事を実験的に初めて見出した。生体膜や食品,洗剤などの機能解明に応用できるものと期待される。

【J1008】  偏光変調赤外分光法(PM-IRRAS)によるシャボン膜内の水の微視的環境分析

                (東理大院理) ○村山哲・由井宏治
               [連絡者:由井宏治, 電話:0352289060]

 シャボン膜は水になじみやすい親水部と水になじみにくい疎水部からなる界面活性剤が、親水部を水側に、疎水部を空気側に向け水を挟み込むことで形成される膜である(図(a))。シャボン膜表面の色模様は絶えまなく変化するが、これは界面活性剤が膜の平面方向に流動するためである。このような分子集合体のつくる流動的な界面近傍に存在する水は、分子集合体の構造安定性や機能発現などに重要であるが、その存在領域が限られ量も極わずかであるため、それを選択的に観測することは一般的に困難であった。

 本研究では、シャボン膜内の水分子の微視的環境、特に界面活性剤がつくる流動的な電荷表面に対する水分子の配向状態を明らかにすることを目的とした。PM-IRRASは、ランダムな振動方向を持つ光を、測定面に対して平行な光と垂直な光に高速で切り替えその差分をとるため、同時に多量に存在する水蒸気やバルク水など、ランダムな向きを持った分子からの信号成分を除去でき、少量しか存在しない水分子の界面に配向する成分を選択的に観測できる。この利点に着目し、界面活性剤に硫酸ドデシルナトリウム(SDS)を用いたシャボン膜を測定した結果、水分子の界面に配向する成分の観測に成功した(図(b,c))。(1)の水分子はSDS電荷表面に強く配向しており、その上にSDS電荷表面にゆるやかに配向する(2)の水分子が存在する。(3)の水分子はSDSのスルホ基とNaの極近傍で非常に強く水和し、OH基の振動が強く拘束されていると考えられる。このピークは通常の水分子では想定できない程低振動数へシフトしており、SDSだけでなく水分子が膜に入り込み、流動性を保ちつつSDS間の強い結合をつくることに関与していると考えられる。このようにPM-IRRASを用いることで、シャボン膜内の流動的な界面極近傍の水分子が配向している様子を実験的に捉えることに初めて成功した。このような流動的界面の水の理解は、シャボン膜にとどまらず、細胞を形づくる生体膜や食品、洗剤などに応用されるミセルなどの構造形成や機能発現の理解にも応用できると期待される