◆医療・生命◆ 短時間に毛髪中の覚せい剤が分析できる

 毛髪には数ヶ月以上の長期にわたる薬物の使用履歴が残されているため,薬物犯罪ばかりでなく,法医解剖における中毒原因物質やスポーツドーピング検査などに応用されている。従来,毛髪中から薬物を抽出するためには半日 2日間の長時間を要していたが,今回,マイクロ粉砕抽出法を開発してその有効性を検証した。その結果,極めて短時間(1 5分間)に薬物を抽出することができ,従来法と比較しても同等の抽出効率で定量できた。本法は排気設備を必要とせず,また酸やアルカリで分解しやすい薬物にも適応できるため,幅広い薬物や代謝物への応用が期待される。

【I3001】 毛髪中薬物の高速抽出法の開発とLC-MS/MSによる毛髪中覚せい剤分析への応用

      (科警研・マイクロ化学技研1・順天大医2)○宮口 一・岩田祐子・角田正也1
       田澤英克1・木村博子2・井上博之 
       [連絡者:宮口 一,電話:04-7135-8001]

 毛髪には、数ヶ月以上の長期にわたる薬物の使用履歴が残されている。また、採取時の客観的な監視が容易であり、採取に痛みを伴わず、採取後は常温保管が可能であるという、尿や血液にはない優れた特徴を持っている。そのため、毛髪中薬物分析は、薬物犯罪の取締だけでなく、法医解剖などにおける中毒原因物質の推定、車両運転などの職場における薬物検査、スポーツドーピング検査などへの幅広い応用が期待されている。
 毛髪分析を行うためには、まず毛髪を洗浄後に薬物を抽出する必要があるが、現在一般的な抽出方法は手間がかかる上に、長時間(半日〜2日)を要する。我々は、そのことが毛髪分析普及の妨げの一因になっていると考え、毛髪中薬物の高速かつ簡便な抽出法であるマイクロ粉砕抽出法を開発した。

 本法では、概ね数本分の毛髪 (2 mg) を、トリフルオロ酢酸水溶液、有機溶媒(アセトニトリル)及びおもりと共にプラスチック容器に入れ、高速振動により毛髪を物理的に破壊しながら薬物を抽出する。懸濁液をフィルターでろ過し、そのろ液について液体クロマトグラフィー−タンデム質量分析 (LC-MS/MS) を行った結果、極めて短時間(1〜5分間)に、従来法と同様の抽出効率で毛髪中の覚せい剤が抽出されることが分かった。粉砕後の毛髪残渣を観察したところ、保護層であるキューティクルのみならず、その内部の皮質線維が高度にほぐされているのが分かった(図)。覚せい剤のような塩基性薬物は毛髪を構成する色素であるメラニンの粒子に結合することが分かっており、それらは皮質線維に存在していることから、粉砕処理によって抽出溶媒が薬物結合部位に直接さらされるようになるものと考えられる。また、毛髪残渣はろ過により容易に除かれるため、ろ液を直接LC-MS/MSに供することができた。本法を用いて、実際の覚せい剤乱用者5名の毛髪を分析した結果、従来法で行った場合とほぼ同様の定量結果が得られた。
 一般に毛髪中の薬物濃度は極めて低いため、毛髪中薬物分析にあたっては外部からの汚染防止に特段の配慮が必要であるが、本法では従来法と異なり排気設備が必要ないことから、例えば既存の実験室内にクリーンベンチを設置することにより、汚染の恐れが極めて少ない閉鎖空間での前処理が可能となる。また、化学的にマイルドな条件で短時間に抽出できるので、覚せい剤のみならず、酸やアルカリで分解しやすいものを含めた幅広い薬物や代謝物への応用が可能であると考えている。