◆医療・生命◆ 高精度な手法でアルツハイマー病やパーキンソン病の発現物質を探る

 加齢に伴い発症するアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患が社会問題となっている。これらの疾患は脳内である種のタンパク質が加齢に伴い変動するため,この変動タンパク質を分析して,疾患の発症機構を解明する手がかりとしている。今回,発表者らが開発した再現性の優れた高感度な分析法により,マウス海馬内の変動タンパク質を成長過程に応じて検出・同定した。その結果,本法により新たに複数のタンパク質が加齢に伴い変動することが初めて明らかになり,神経変性疾患の発症機構解明や治療薬の開発への応用が期待される。

【Y1051】  FD-LC-MS/MS法を用いたマウス海馬内の加齢に伴う変動タンパク質の探索

(武蔵野大薬研1・日大院薬2・日大薬3) ○朝本 紘充1, 2・一番ヶ瀬 智子1・内倉 和雄3・今井 一洋1
[連絡者:今井一洋,電話:0424-68-9787]

 近年、高齢化社会を迎えた我が国では、加齢に伴い発症率が増加するアルツハイマー病、パーキンソン病などの神経変性疾患が社会問題となっている。そのため、脳内で加齢に伴い発現量が変動するタンパク質を解析(プロテオーム解析)することは、これら疾患の発症機構を解明する手がかりとなるため、非常に重要である。
 二次元電気泳動法はこの課題に取り組む多くの研究機関が採用している主要なプロテオーム解析法である。しかし、同手法の分離における再現性は十分ではなく、実際に同定された変動タンパク質の種類は研究機関によって大きく異なる。そのため、これら変動タンパク質の種類を正確に把握するためには、再現性の高い、高感度なプロテオーム解析法を用いた検討が必要である。
 先に我々は、タンパク質と選択的に結合することではじめて蛍光を発する、プロテオーム解析用ラベル化試薬DAABD-Cl並びにそれを用いた新規プロテオーム解析法(FD-LC-MS/MS法)を開発した。DAABD-Clは自身が無蛍光性であることから、ラベル化されたタンパク質の検出を妨害することがなく、高感度な分析を可能にする試薬である。また、再現性に優れた高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を、ラベル化タンパク質の分離手段に用いることも本手法の大きな特長である。実際、本手法が二次元電気泳動法と比べ簡便、高感度で高い再現性を有することがこれまでの基礎的および応用的研究より証明されている。
 そこで本研究では、記憶に大きく関連する部位(マウス海馬)を対象とし、FD-LC-MS/MS法を用いて幼齢期から成年期に至る3段階の成長過程(4、12および20週齢)における変動タンパク質の検出、同定を行った。一般的に、脳の機能単位である神経細胞は発達を終えた幼齢期以降で加齢に伴い減少することが知られている。こうした形態学的所見の通り、変動が確認された10種類のタンパク質のうち神経細胞を構成する複数の細胞質骨格タンパク質は加齢に伴い減少した。他にも、神経伝達物質の放出に関わるタンパク質など、複数のタンパク質の加齢に伴う変動が本研究により初めて明らかにされた。
 以上の結果は、神経変性疾患の発症機構解明並びにその予防、治療薬の開発のための有用な知見に成り得ると考えられる。