◆新素材・      細胞の動きを光で導いて観察
 先端技術◆

 細胞移動は様々な生命現象にとって重要であるが、動物の正常細胞が組織内を移動するのに対し、がん細胞は遠位組織への転移をおこすなど、その移動機構の解明は疾患治療に糸口を与えるものとして興味深い。本研究では、光照射で細胞接着性を変換できる光応答性基板を用いて、従来不可能であった一細胞の移動挙動の観察に成功した。基板に光をアレイ状に照射して細胞移動を誘導する本技術は、蛍光顕微鏡の光源も使えるため、細胞内蛍光イメージング技術との併用によって、移動を調節する物質の挙動を調べることも可能である。細胞の移動制御機構の解明が大いに期待される。(JSTさきがけ1・理研 前田バイオ工学2・神奈川大理3) ○中西 淳1,2・菊地由希子2・井上 敏3・山口和夫3・宝田 徹2・前田瑞夫2 [連絡者:中西 淳,電話:048-467-9312,E-mail:j-naka@riken.go.jp]

H1032】    光応答性基板上に形成した一細胞アレイを用いた細胞移動の顕微観察

(JSTさきがけ1・理研 前田バイオ工学2・神奈川大理3
○中西 淳1,2・菊地由希子2・井上 敏3・山口和夫3・宝田 徹2・前田瑞夫2
[連絡者:中西 淳,電話:048-467-9312]

 発達,免疫反応,表皮の再生などの生命現象において,正常な動物細胞は組織内を移動する。一方,がん細胞は遠隔の組織に移動(転移)し病状を悪化させる。このように細胞移動は生理的かつ病理的に重要な細胞活動である。細胞が周囲の物理的・化学的環境をいかに認識し,移動方向・速度を決定するのか,また,細胞の内部にどのような分子機構が存在し,細胞移動を制御しているのか,これらを理解することが,種々の遺伝病やがんの治療に糸口を与えると考えられている。
 細胞移動を解析する際,試験管内で人為的に細胞を移動させる必要がある。しかしながら,従来の手法では集団としての細胞を対象とするため,細胞同士の相互作用などの影響で,一細胞の移動挙動を正確に評価することは困難であった。本研究では,我々が先に開発した光照射で表面の細胞接着性を変換できる光応答性基板を利用し,基板上に隔てて配置(アレイ化)した一細胞を光でナビゲーション(移動の制御)し,その移動挙動を顕微観察する手法を開発した。
 光応答性基板には,光分解性保護基を有する単分子膜で修飾したカバーガラスを用いた。この基板に合成高分子Pluronicを吸着させると表面は細胞非接着性になるが,光照射とフィブロネクチン蛋白質の添加によって,Pluronicとフィブロネクチンが交換するため,光照射パターンに対応した細胞接着性表面を形成できる。基板をアレイ状に光照射して一細胞アレイを作製した後,細胞に接する通路状領域を光照射し,フィブロネクチンを添加すると,細胞は新たに形成された細胞接着領域に仮足を形成し,移動を開始した(図)。アレイ上の一細胞の移動挙動を比較した結果,移動開始のタイミングは異なるもののほぼ一定の移動速度を示すことが分かった。この方法では,培養中の細胞を観察しながら,蛍光顕微鏡の光源による光照射で細胞移動を誘導できるため,細胞内蛍光イメージング技術との併用によって,細胞移動を調節する生体分子の挙動を正確に理解するのに有用であると考えられる。