◆生活文化・  重水素同位体マーカーを利用して不正軽油を識別する
 エネルギー◆ 

 現在,不正に製造された軽油が社会問題となっている。これを識別するために灯油と重油にはクマリンが添加されているが,濃硫酸処理で簡単に除去されてしまうため,新規の判別手法が求められる。本研究では,新規識別剤として重水素を添加した炭化水素(同位体マーカー)を提案している。これは石油の主成分である炭化水素と基本的に同じ性質を持つことから,石油の機能・安全性に影響を及ぼすことはなく,またマーカーのみを除去することは非常に困難である。この手法は他の分野にも応用できることから,今後,産業や社会に広く貢献できる技術として期待される。

D1032】    重水素標識化合物を用いたトレーサビリティ−〜不正軽油問題への応用〜

(首都大院理)○鈴木彌生子・力石嘉人・伊永隆史
[連絡者:伊永隆史, 電話:0426-77-2532]

 天然有機分子の安定同位体比は、起源生物やその生育環境の情報を記録する生物固有の“指紋”である。そのため、地球科学の分野では、ガスクロマトグラフ/同位体比質量分析計を用いて、自然環境における“分子指紋”の微小な変化を分子別に正確に測定している。しかし、人工的にわずかに同位体比をコントロールした分子を“タグ”として用いた研究は行われていない。そこで、同位体の中でもトレーサーとしての能力が高い水素・重水素に着目し、重水素ラベルによって水素同位体比(δD)をコントロールした“分子タグ(重水素標識化合物)”を用いた新しいトレーサビリティシステムの確立を目指している。重水素ラベル分子タグの特徴としては、天然有機分子と性質がほぼ同じであり、安全性へは無影響であることが挙げられる。よって、この特徴を活かし、本研究では、重水素ラベル分子タグによるトレーサー法の有用性を証明するため、不正軽油判別法への応用を行った。
 現在、不正軽油の識別剤として灯油と重油に添加されているクマリンは、濃硫酸処理により簡単に除去されてしまう。また、この処理で発生する強酸性の廃棄物(硫酸ピッチ)の不法投棄が重大な環境汚染を引き起こしている。そこで、クマリンに代わる新しい識別剤として、δDをコントロールした炭化水素(同位体比マーカー)を提案する。炭化水素は石油の主成分であり、同位体比マーカーは石油中の炭化水素とほぼ同じ性質を持つ。よって、識別剤添加の有無が、石油の機能・安全性に影響を及ぼすことは無く、識別剤の除去は非常に困難である。この技術を用いたところ、正規の軽油の場合、その炭化水素のδDは天然値を示すのに対し、不正軽油の場合、δD値の大きい同位体比マーカーを添加した灯油が混合されているため、不正軽油中炭化水素のδDは天然値よりも大きくなり、正規の軽油との判別が可能であることが証明された。
 この技術は、基盤研究のみならず、食品の生産地特定やドーピング検査など社会貢献にも簡単に転用可能であり、多くの研究分野へ新展開をもたらすことが期待される(図)。