◆新素材・      分子の化学種をナノレベルで特定できる顕微鏡
 先端技術◆

 ナノテクノロジーの発展に伴い,ナノスケールでの画像観察が可能な走査型トンネル顕微鏡(STM)は重要な役割を果たすようになったが,今までのSTMでは表面化学種が何であるかを調べることは困難であった。本研究では,探針の先端を化学修飾することにより特定の化学種を選択的に観察できる,分子間トンネル効果を利用した顕微鏡を開発した。本手法は,更に探針分子と試料分子間の単一分子間電子移動の検出・評価に適用できるため,単一または非常に少数の分子を電子回路として用いる分子エレクトロニクスにおいても新たな展開がもたらされるものと期待される。

H1028】           分子探針と分子間トンネル効果顕微鏡

(東大院理)○西野智昭・梅澤喜夫
[連絡者:梅澤喜夫,電話:03-5841-4351]

 近年,いわゆるナノテクノロジーに多大な興味が持たれており,様々な機能性ナノ構造体が創製されている.走査型トンネル顕微鏡(STM)は,原子レベルでの表面局所分析が可能であり,ナノ構造体の評価に広く用いられている.しかし,これまでSTMでは,表面化学種の同定は一般に困難であるという欠点があった.我々は,分子探針を用いることによって,化学選択性が得られることを見いだした.すなわち,従来の金属探針を,有機分子などを用いて化学的に修飾し,これらの吸着分子を探針として用いる.分子探針と試料中の特定の化学種・官能基とが水素結合や配位結合などの波動関数の重なりをもたらす相互作用を形成すると,トンネル電流は,その相互作用に伴う波動関数の重なりを通じて大きく促進され,これらの化学種・官能基が選択的に観察できる.さらに,本手法は,探針分子と試料分子間の単一分子間電子移動を測定できる.このような単一分子間電子移動は,従来法では検出が困難だった.
 本研究では,機能性分子間における単一分子間電子移動を測定することによって,分子内における,電子移動に関与する部位を特定し,さらに,その電子移動が整流性を持つことを明らかとした.図のように,フラーレン探針を用いてポルフィリンとの単一分子間電子移動を測定した.その結果,フラーレン−ポルフィリン間の電子移動は,両者の電荷移動相互作用に基づき,ポルフィリンのπ共役系を通じてのみ生起することを明らかとした.さらに,この単一分子間電子移動は電子供与性のポルフィリンから電子受容性のフラーレンへの方向にのみ生じ,整流性を示すことを見出した.この結果から,電子受容性分子と供与性分子を空間的に近接させることにより分子整流素子が構築できることを実証した.
 以上のように,分子探針を用いることによって,化学相互作用を通じた分子間トンネル電流の促進に基づき,ナノスケールでの化学センシングが可能となる.この機構から,我々は本手法を分子間トンネル効果顕微鏡と呼んでいる.また,本手法を,これまで困難であった単一分子間電子移動の検出・評価に適用できることを示した.本手法により,単一または非常に少数の分子を電子回路素子として用いる分子エレクトロニクスにおいて新たな展開がもたらされるものと期待される
 この成果の一部は,アメリカ科学アカデミー紀要(Proc. Natl. Acad. Sci., USA)102巻(2005年)5659頁に発表となっている.