【2K03】 アセトアルデヒドを起因とする核酸損傷に関する考察
-ヒストンの共存効果を中心に-
(岐阜薬大)○江坂幸宏,稲垣真輔,後藤正志,出屋敷喜宏,酒向孫市
[連絡者:江坂幸宏、E-mail:esaka@gifu-pu.ac.jp]
最近の統計では、アルコールの代謝物であるアセトアルデヒド分解酵素の働きの弱い人−いわゆる下戸−が
飲酒習慣を持つ場合、酵素の正常な人に比較して十倍以上発ガンリスクが上昇するとされている。これは従来
言われてきた飲酒と発ガンの関係を解明する上で有力な手がかりの一つであり、アセトアルデヒド(AA)が実行
犯であることを強く示唆している。アルコール依存症患者の白血球DNAからは、N2位にエチル化修飾を受け
たグアニン(Et-Gua) 付加体が検出されており、これはグアニンへのAA付加と後続還元反応で生成したと考えら
れている。このような核酸塩基の修飾は、一般に遺伝情報の読み違いにつながり、細胞のガン化を起こす主原
因となる。修飾の仕方によっては、この読み違いの頻度がきわめて高くなる。最近、Et-Gua付加体以外に幾種
類かのグアニンのAA付加体が報告されており、中でもAA二分子のグアニンへの付加によって生成するcyclic 1,
N2-propano guanine (CPr-Gua) 付加体は、高濃度のAA存在下の試験管内では主成分の一つになる。我々は、
比較的高濃度のAA含有培地培養ヒト細胞中DNAからCPr-Gua付加体を検出している。ところで、最近、酒向らは
デオキシグアノシンからのCPr-Gua付加体形成が、アルギニン等の塩基性アミノ酸の存在下で著しく促進される
ことを見出した。このことはCPr-Guaの生成に関して生体内に強力な触媒機構が存在し得ることを示している。
ここでは、CPr-Guaの生体環境下での生成の可能性を検討した。付加体はDNAを酸分解して得られるプリン
塩基の形でLC/ESI-MSによって検出・定量した。CPr-Gua付加体生成における生体内触媒を、塩基性アミノ酸の
含量が20%程度と高く、核内で常にDNAと共存しているたんぱく質であるヒストンと仮定し、ウシ胸腺由
来 DNAを用いてウシ胸腺由来ヒストンの添加効果を調べた。その結果、DNA上でのCPr-Gua付加体形成は
ヒストン添加によって顕著に促進され、特に二本鎖DNAを一部開くように熱処理したケースでは、ヒストン
なし熱処理なしに比較して、72倍のCPr-Gua付加体生成量をみた。また、ヒストンの添加量とCPr-Gua 生成量に
は明確な正の相関があった。以上の結果が意味することは.(1)DNAとヒストンが常に共存する生体内では、生
体内に存在し得る比較的低濃度レベルのAAとDNA単独の反応性から想像するより、AAが遥かに危険な変異原
となりえること、(2)その危険性はDNA二本鎖が解ける転写・複製時に更に増すことである。
また、ヒストンの触媒効果は、すでに発ガン物質として良く知られておりAAの二分子縮合体の一形態である
クロトンアルデヒドからCPr-Gua付加体が生成する反応において更に顕著であることも判明し、この発ガン物
質の毒性が生体内環境で増幅されていることを強く示唆している。
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