刊 行 に あ た っ て
 分析化学便覧の第1版は、日本分析化学会創立10周年記念事業として1961年に刊行されている。そして
20世紀後半の分析化学の著しい進歩とともに学会も発展し、本年50周年を迎える。その間分析化学便覧は
学会のマイル・ストーンとして10年ごとに改訂・刊行されてきた。
 この半世紀を振り返ると、学会発足当初はまだ古典的な分析法が中心的に活用されながら、微量分析にお
ける吸光光度法有用性が認識されはじめ、また放射能利用分析などが取り入れられた頃であった。その後錯
体化学の発展にうながされ、また原子力平和利用、このほか産業からのニーズに応えることもあって溶媒抽
出、イオン交換、各種クロマトグラフィーなどの顕著な進歩の時代が続くが、これと平行して特筆すべきは
吸光光度法の汎用であろう。20年近く全盛を誇った吸光光度法は1970年代に入って原子吸光法に取って代
わられる。いわゆる公害(初期の地域限定型金属汚染)の原因解明には原子吸光法が大いに活躍したのであ
る。見方によれば原子吸光法の汎用化がその後の機器分析の時代の幕開けといえるかも知れない。前世紀最
後の四半世紀は、科学技術の高度な発展と同時にそれがもたらした環境問題解決のために、分析化学は分析
対象の限りない微量化を求められることになる。またさらに高い時間・空間分解能を有する分析法への要求
が高まり、それに応えるべく機器分析が長足の進歩を遂げる。単一の機器では間に合わず機器の複合化が模
索され、コンピュータの導入による自動化が進んでいったのである。そして21世紀が明けて分析化学会が
ゴールデン・ジュビリーを祝うことになる。
 このような状況下で刊行される第5版は21世紀を見据えて全面書き換えを行うこととした。第4版までの
辞典的網羅主義ではなく、分析実務者にとって利用しやすく、役に立つ便覧を目指して古典的分析法を縮小
するとともに機器分析法についても実用的な視点でまとめた。実験法の詳細や教科書的な部分は他書にゆず
り、分析試料中心を基本方針とした。章末の文献にしても網羅的な記載をできるだけ廃し、代表的なレビュ
ー数編に止めることにつとめ、必要に応じて孫引きができるようにした。
 また、このような編集方針の一環として、第5版ではCD-ROM版を作成することとした。CD-ROM版の収録
内容は書籍とほぼ同じであるが、前方・後方・部分一致検索ができるなど、検索が書籍より充実しているこ
と、本文や表を読者がそのままコンピュータ上で利用できるなど、ディジタル媒体特有の機能を備えている。
合わせて活用していただきたい。
 できあがったものがどの程度、当初のもくろみに合致するかどうか心配であるが、本書が分析化学に携わる
多くの人達に21世紀初頭の指針として活用されることを願うものである。